やさしく包むエメラルド
見本の写真を眺めながら、啓一郎さんは「なるほど」とつぶやく。
しかしすぐに紙をテーブルに戻して眉を下げた。

「母の好みがわからないんだよ。女のひとって、たとえば『花柄が好き』って言っても結局は『花柄なら何でもいいわけじゃない』ってなるだろ? そこが難しいよ」

『花柄が好き』だったのは、“瑠璃さん”かな?
その想像はわたしの気持ちを沈ませたけど、お水をひと口飲んで落ち着けた。

「そうですね。高価なほどリスクもあります。なので、『もらって迷惑にならないもの』という観点でも考えたんです。オススメは食べ物とか化粧品なんかの消耗品ですね。ただ、食べ物だとお歳暮っぽくなっちゃうし、息子から化粧品ってちょっと微妙なんですよね」

“○○牛サーロインステーキ”なんてもらっても、おばさんは普通に夕食のひと品にしてしまいそう。
また息子とは言え、男性に美容のことを言われるのは、気持ちのいいものとも思えない。

「あと、わたしの母親にリサーチしたら、洗濯機が欲しいって言ってました。家電とかちょっといいお布団とかも喜ばれそうですけど、ムードはないですよね」

数だけはたくさん挙げたつもりだけど、啓一郎さんの表情は一向に良くならない。

「家族で外食するくらいがいいのかな」

どれもピンとこないようで、啓一郎さんも諦め気味にそう言う。

「あ! だったら旅行をプレゼントしたらいいんじゃないですか? 家族旅行!」

「旅行か……」

初めて啓一郎さんの表情が明るくなった。

「母さん、温泉好きだったんだよ」

「だったら決まりです。温泉旅行にしましょう。これからの季節は特にいいですし」

口を固く結んだ啓一郎さんがテーブルに身を乗り出してきた。
不思議に思って近づくと、声をひそめて言う。

「母の病気のことは?」

「聞きました。乳ガンだったって」

啓一郎さんは言いにくそうに更に声を小さくする。

「母はそのせいで、……その、……片方、取ったんだよ」

口に出しにくいことだとわかったので、小刻みに強くうなずいた。

「だから温泉は無理なんだ。本人が一番気にしてることだから」

命が助かったのだから何でもいいというわけにもいかない。
コンプレックスを抱えてしまう気持ちは同じ女性としてよくわかる。
自分でも見たくないと思うから、他人の目にさらしたくないだろう。
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