やさしく包むエメラルド
「小花はいつも、仕事は何時に終わるの?」
頬杖をついてディスプレイを見下ろしながら、啓一郎さんはそんな質問をしてきた。
「うーんと、定時に上がって何もなければ、6時前には家にいますね」
こくんとひとつうなずいてから口元に軽く手を当てて、いくつかタップを繰り返す。
「……やっぱり、今からだと土曜日の夜は予約取れないな」
そもそも貸し切り風呂はどこも人気で、場合によっては半年先、一年先の予約も当たり前なのだ。
おばさんの誕生日は来月末。
今は月初めだけど2ヶ月を切っている。
「金曜日ならまだ空いてる」
「都合つくなら金曜日でもいいかもしれませんね」
携帯を置いて、啓一郎さんはお水を飲む。
そして結露で濡れた手をおしぼりで何度も拭いた。
「それで……もしお願いできるなら、小花も一緒に行かない?」
「は? わたしですか?」
啓一郎さんは大真面目にうなずいた。
「空きは2部屋あるみたいだし、せっかくだから人数は多い方がいいかと思って」
「いや、でも、わたし完全な部外者ですよ?」
ただのお食事会ならまだわかるけど、これは家族旅行。
そこに隣人でしかないわたしが入っていいものなのか。
「小花がいてくれた方が明るくて楽しい」
停電の夜のように、啓一郎さんは言う。
「母は喜ぶから」
何度も言われた、嬉しいけれど、どこか喜び切れないこの言葉。
言葉通りなのか、それ以上の意味を含んでいるのか、まだ判断はつかない。
「わたしは構いませんよ。だけどまず、おじさんとおばさんの気持ちをよーく確認してくださいね。部屋割りについても、3人と1人に分かれるのか、2人ずつに分かれるのか。わたしはどっちでも大丈夫なので、おばさんに聞いてみてください」
「ああ、そうか。部屋割り……」
広い部屋ではなかったから、基本的には2人1部屋をイメージしているようだけど、状況によっては融通してくれるだろう。