やさしく包むエメラルド
わたしはずーっとこうしていられたのに、膀胱のほうが限界を訴えてきたのでしぶしぶ席を立った。
ブーツのヒールがつぶれるくらい急いで戻るも、啓一郎さんはカフェの前で待っていた。
「そろそろ行こうか」
お会計はすでに済ませたようで、もうカフェには戻れない。
こんなことになるなら、膀胱摘出手術をしておくべきだった。
「あ、あの、ごちそうさまでした」
「いや、こちらこそ助かった。ありがとう」
平日夜のショッピングモールは、人が少なくてからんとしている。
閉店時間まではもう少しあるけれど、ショップによっては閉め作業に入っている空気もあって、もう帰れと背中を押されている気分になった。
相談にかこつけたデートももう終わりで、かこつけたためにこれ以上引き伸ばす理由はない。
広いフロアに響くブーツのカツカツという音が胸に痛い。
「小花、急ぐ?」
数歩前を歩いている啓一郎さんが、振り返りもせずに聞いてきた。
首を横に振ってから、それでは伝わらないと気づいて返事をする。
「いえ」
啓一郎さんは立ち止まって、さっきお会計したレシートをわたしに差し出した。
「だったら、せっかくだから……映画でも、観に行きませんか?」
『映画館ご利用の方に限り、ドリンクSサイズ、1杯無料』
レシートにはそんなクーポン券がついていた。
併設された映画館で使えるらしい。
「行きます!」
レシートに飛び付いたわたしを見て、啓一郎さんは声を立てて笑った。