やさしく包むエメラルド
「すっっっっっごくよかったわよ! 内湯も露天風呂も。きれいだし、しずかだし、露天風呂からは月も見えてね。何よりひとり占めできるって贅沢ね~。小花ちゃんも、絶対入って来た方がいい!」
おっとりしたおばさんには珍しく、とてもテンションが高い。
踊り出しそうな足取りで室内を歩き回り、
「小花ちゃん、お茶飲まない?」
と急須にティーバッグを入れて言う。
「いただきます」
おばさんの様子に、啓一郎さんも満足だったようで、微笑みをわたしに向けてきた。
喜んでもらえたのはわたしもとても嬉しくて、自然と笑顔になる。
入れ替わりで貸し切り風呂に向かったおじさんも、まもなく帰ってきて、おじさんと啓一郎さんは持参した缶ビールを手にした。
「ケーキ食べましょう! ケーキッ!」
「まあ! 派手!」
ケーキの箱を開いたら、おばさんは少し大袈裟に驚いた。
「“とにかく赤く”ってオーダーしたので」
小振りのケーキはイチゴのムースがベースになっている。
真ん中には真っ赤なソースがたっぷりかかっていて、その周りをたくさんのイチゴと赤いベリーが縁取っていた。
“Happy Birthday 康恵さん”というチョコレートプレートの周りに太めのろうそくを6本、ずぶりずぶりと刺していく。
「電気消しましょうか」
火をつけて蛍光灯が消えると、太めのろうそく6本でも顔がやっと認識できる程度になった。
「なんだか懐かしいですね」
夏の終わりにあった停電から、季節はほんのひとつ進んだだけ。
それなのに、ずいぶん昔のことに思える。
あのときはハイスペックな電灯があって、これよりずっと明るかったけれど、今4人の顔をゆらゆら動く灯りは、懐かしいあたたかみを帯びて感じられる。
「じゃあ歌いましょう。せーのっ! ♪ハッピーバースデートゥーユー♪ハッピーバースデートゥーユー♪」
手拍子をしながら歌い出したのに、おじさんも啓一郎さんも手を叩くだけで後に続いてはくれず、結局わたしひとりで歌い上げる結果になった。
「♪ハッピーバースデートゥーユ~~~♪おめでとうございまーす!」
「ありがとう」
おばさんは3回に分けてろうそくを吹き消した。
一瞬真っ暗になったものの、啓一郎さんがすぐに電気をつけてくれる。
「取り皿忘れた。もらってくる」
啓一郎さんはそのまま部屋を出ていき、おじさんはビールのプルトップを開けて飲み始めた。