やさしく包むエメラルド
「ろうそくを吹き消すなんて、いつ以来かしら? 啓一郎の誕生日をしなくなってから、全然やってないわね」
まだ少し高いテンションのまま、おばさんはケーキからろうそくを抜き、ついてきたソースを指ですくって舐めた。
「おいしい。ケーキも久しぶり」
「よかった! そうですね~。悲しいけど、30歳過ぎた息子がケーキのろうそく消してる姿は、ちょっと無理がありますもの」
「30歳どころか、中学生のときにはもう拒否されたわ」
わたしは女だし、誕生日に限らずケーキが食べられる機会を逃すことはなかったけれど、それでもいつしかカットケーキになっていた。
母も姉もわたしも、それぞれ好きなケーキを買い、主役だけは2個選んでいい、なんていうルールができていたものの、ホールケーキはしばらく食べていない。
おばさんの誕生日会を拒否した啓一郎さんは、誰にどうやって誕生日を祝ってもらっていたのだろう?
おばさんさえ知らないその過去が、少し胸に痛い。
「ねえ、小花ちゃん」
抜いたケーキのろうそくを指先で弄びながれ、おばさんは少し話しにくそうに口を開く。
「啓一郎を、どう思う?」
「啓一郎さん?」
啓一郎さんに対する気持ちはたったひと言で言い表せるけれど、そのひと言ではぜんぜん足りなくて、痛いような胸の高鳴りを浅い呼吸で落ち着けようとする。
「小花ちゃんさえよかったら、啓一郎なんかどうかなー? って思って」
「あの、えっと……」
もうただただ身体が熱くて、けれど啓一郎さん本人にも伝えていないこの気持ちを、おばさんに話してしまうのは躊躇われる。
言葉に詰まり、わたしは熱い額や頬をペタペタ触った。
「もちろん、無理にって話じゃないの。小花ちゃんの気持ちが一番大切よ。だけど、啓一郎のことが嫌いじゃないなら、ちょっとだけ考えてみてもらえないかしら? ああ見えて悪い子じゃないのよ」
「はい。それはよくわかってます。ただ……」
ここでわたしが返事をしてしまったらどうなるのだろう?
おばさんは喜んでくれるだろうけど、啓一郎さんは?
「母さん、そういうことは本人どうしの話だから」
いつも静観しているおじさんが、珍しく間に入ってくれた。
けれどおばさんの勢いは止まらない。
「もちろんそうよ。だからあくまで提案。小花ちゃんがお嫁さんに来てくれたら、きっと楽しいわよ。啓一郎だってまんざらじゃないと思う。それにほら、小花ちゃんが抱えてる奨学金だって、お嫁に来てくれるなら払ってあげられるもの。どうかしら?」
「奨学金……」
わたしの血の気が引いたのと、入り口の襖が開いたのは同時だった。
まだ少し高いテンションのまま、おばさんはケーキからろうそくを抜き、ついてきたソースを指ですくって舐めた。
「おいしい。ケーキも久しぶり」
「よかった! そうですね~。悲しいけど、30歳過ぎた息子がケーキのろうそく消してる姿は、ちょっと無理がありますもの」
「30歳どころか、中学生のときにはもう拒否されたわ」
わたしは女だし、誕生日に限らずケーキが食べられる機会を逃すことはなかったけれど、それでもいつしかカットケーキになっていた。
母も姉もわたしも、それぞれ好きなケーキを買い、主役だけは2個選んでいい、なんていうルールができていたものの、ホールケーキはしばらく食べていない。
おばさんの誕生日会を拒否した啓一郎さんは、誰にどうやって誕生日を祝ってもらっていたのだろう?
おばさんさえ知らないその過去が、少し胸に痛い。
「ねえ、小花ちゃん」
抜いたケーキのろうそくを指先で弄びながれ、おばさんは少し話しにくそうに口を開く。
「啓一郎を、どう思う?」
「啓一郎さん?」
啓一郎さんに対する気持ちはたったひと言で言い表せるけれど、そのひと言ではぜんぜん足りなくて、痛いような胸の高鳴りを浅い呼吸で落ち着けようとする。
「小花ちゃんさえよかったら、啓一郎なんかどうかなー? って思って」
「あの、えっと……」
もうただただ身体が熱くて、けれど啓一郎さん本人にも伝えていないこの気持ちを、おばさんに話してしまうのは躊躇われる。
言葉に詰まり、わたしは熱い額や頬をペタペタ触った。
「もちろん、無理にって話じゃないの。小花ちゃんの気持ちが一番大切よ。だけど、啓一郎のことが嫌いじゃないなら、ちょっとだけ考えてみてもらえないかしら? ああ見えて悪い子じゃないのよ」
「はい。それはよくわかってます。ただ……」
ここでわたしが返事をしてしまったらどうなるのだろう?
おばさんは喜んでくれるだろうけど、啓一郎さんは?
「母さん、そういうことは本人どうしの話だから」
いつも静観しているおじさんが、珍しく間に入ってくれた。
けれどおばさんの勢いは止まらない。
「もちろんそうよ。だからあくまで提案。小花ちゃんがお嫁さんに来てくれたら、きっと楽しいわよ。啓一郎だってまんざらじゃないと思う。それにほら、小花ちゃんが抱えてる奨学金だって、お嫁に来てくれるなら払ってあげられるもの。どうかしら?」
「奨学金……」
わたしの血の気が引いたのと、入り口の襖が開いたのは同時だった。