やさしく包むエメラルド
「母さん、人をお金で買うようなこと言うなよ」

お皿とフォークとナイフを重ねて持っていた啓一郎さんは、慎重に襖を閉めた。

「そういうつもりじゃ……」

厳しく咎められて、おばさんはしょんぼりと項垂れてしまう。
おじさんも困った様子で、ビール缶をただ見下ろしていた。
あまりにかわいそうな気がして、わたしも慌てて言葉をかける。

「あの! わたし気にしてませんから」

ゴトリとお皿をテーブルに置いて啓一郎さんは冷えた声で言った。

「うん。気にしないで。小花を今日呼んだのも、そんなつもりじゃなかったし。……困らせて悪かった」

「あ、いえ、はあ、そうですよね……。やだな、おばさん。啓一郎さんの気持ちを最初に考えないと!」

「小花ちゃん……ごめんなさい」

「いいんですよ! お気持ちはとっても嬉しかったです。また誰かいいひと紹介してくださいね」

啓一郎さんはまるで他人事で、変わらない淡々とした様子でわたしにナイフを渡す。

「小花、切って」

「えー、わたしこういうの苦手なんですけど」

「だろうな」

楽しそうに笑っていた。
さっきまでの話なんて、まるでなかったことのよう。

「シンプルに四等分するだけですよね。五人じゃなくてよかった~」

赤いケーキにナイフを入れると、引っ張られるようにケーキがしずんで形が崩れていく。

「無理に押し切ろうとしないで少しずつ」

おばさんのアドバイスにうなずいてナイフを小刻みに動かすけれど、ふんだんに盛り付けられたベリーがそのたびにポロリポロリとこぼれ落ちる。
それはまるでケーキが、痛い、痛い、と赤い涙をこぼしているように見えた。

「あれ? 結構バラバラ……」

十字にナイフを入れただけなのに、カットされたケーキのサイズには差が出ていた。

「半分にした時点でもうズレてたよ」

「わかってたなら啓一郎さんがやってくれればよかったのに!」

「いや、小花は本当に期待を裏切らないと思ったらおかしくて」

わたしは、うまくはしゃげていられただろうか?
例え鏡があったとしても、見ている余裕はなかったからわからない。

「このソース、酸味強いですね」

「あら、さわやかで食べやすいわよ?」

「イチゴもベリーも酸っぱい。……涙出そう」

おばさんは笑顔で、おじさんは黙々とケーキをビールで流し込む。
啓一郎さんの顔は、見られなかった。



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