やさしく包むエメラルド
何度か目を覚ましながらも一日寝て過ごし、濃い気配によって目覚めたときにはもう日が暮れていた。
額に触れた手の感触に驚いて目を開ける。
「ごめん。起こした」
部屋の中はすっかり暗く、目覚めたばかりのわたしには何も見えなかった。
それでも、窓から入る明かりで陰になっているそのひとを、迷わず呼ぶ。
「……啓一郎さん」
寝起きと風邪のせいで、声はかすれていた。
「熱はだいぶ下がったな。まだ微熱はありそうだけど」
「ありがとうございました。お世話になってます」
暗いままの部屋で、わたしは啓一郎さんの顔のあたりを見つめて答えた。
少し目が慣れて、コートを着たままのスーツ姿だということまではわかったものの、今日はどんな色のネクタイなのかわからない。
「啓一郎さん」
「ん?」
「なんでもないです」
呼び掛けたら返事がある。そのことが嬉しかった。
「啓一郎さん」
「なに?」
「呼んだだけです」
時間も曖昧で暗いしずかな部屋。
それでも視線は絡まりあって、とろりとした濃度を持っていく。
「啓一郎さん」
「……呼んだだけだろ」
「うん」
ほんの少し笑ったら、啓一郎さんも笑ったような気がした。
掛け布団から少し出していた手を、啓一郎さんが握る。
驚いたけれど、嬉しくて握り返したら、力が入らないわたしの手を、さらに強く握ってくれる。
熱があるわたしより、啓一郎さんの手は冷たかった。
「もう少しで夕食だから、起きられそうなら降りてきて」
「はい」
熱を分け合うようにしていた手が離れ、啓一郎さんは部屋を出ていく。
そのときおこった風が切りすぎた前髪をそっと撫でた。
「啓一郎さん」
今度は当然返事がない。
自分のものとは違う、硬いそば殻の枕に顔を押し付けた。
「好きです」
言えない言葉をここに残して行きたくても、今はただ闇に溶けるだけ。
がんばらなきゃ。
もっともっとがんばらなきゃ。