やさしく包むエメラルド
「ずっと歩いて通ってるの?」
「はい。この塩だれおいしいですね」
おばさんが作ってくれた豚バラと白菜の鍋はしっかりした塩味がおいしくて、わたしの食欲は完全復活した。
だけど鍋を取り分けるおばさんの眉間には深い皺が刻まれている。
「帰りだって遅いでしょう? いつも電気ついてないもの」
「残業は多いけど深夜にはなりませんよ。それにうちの会社、人遣いは荒いけど悪質じゃないので残業代はしっかり出ますし」
「夜遅くに歩いて帰るなんて……」
「そろそろ自転車使えるから大丈夫です」
身体への負担を考えてくれたようで、わたしのお茶碗にはおかゆが盛られているけれど、本当はからあげにはほわほわ湯気の上がる白ごはんが食べたかった。
「そういえば車は? 駐車場からなくなってるよね?」
啓一郎さんは、何にも関心がないように見えてよく気づく。
「故障しちゃって廃車にしたんです。お金貯まったら新しいの買います。すみません、いただきます」
おばさんが3杯目の鍋をよそってくれる。
「お買い物とか灯油はどうしてるの?」
「お買い物は帰り道でしますし、灯油はガソリンスタンドまで歩いて買いに行ってます」
「歩いて!? ポリタンク持って?」
「はい。容器いっぱいに入れると重くて持てないから、半分だけ。近いし、なんとかなるものですよ」
「……………」
ガソリンスタンドまでは400~500m程度だけど、灯油のポリタンクを持って歩くにはかなり大変な距離で、わたしの力ではポリタンクに半分が限度。
そのためすぐになくなる。
おばさんはおたまを持ったまま、おじさんと啓一郎さんも箸を止めてわたしを見る。
「それは……かなり大変だろう。配送してもらえないのか?」
器にため息を落としてから、おじさんは苦い顔でからあげを口に運んだ。
「配送は……高いので」
頼めばそういうサービスがあることも知っていたけれど、1リットルにつき数円割高になる。
ひと冬通すと、なかなかに負担だった。
「うちも毎週土曜日にまとめて買いに行くから、一緒に行きましょう」
「だったら明日だけお願いしてもいいですか? 昨日から空っぽで給油できてないんです」
「なんでそんなことになっても言わないの!」
とうとうおばさんを怒らせてしまった。しずかな食卓で、ぐつぐつという鍋の音だけがにぎやかだ。
「言えないよな」
啓一郎さんの声には色味がなく、それが一層しずけさを強く感じさせる。
「小花は家族じゃないんだから」
当たり前のようにここにいても、わたしはこの家の人間じゃない。
おばさんやおじさんの気持ちはありがたいけれど、そこの一線をどうしても越えることはできないのだ。
「本当にすみません。わたしの浅はかな行動が、こんなに誰かのご迷惑になるなんて思わなかったんです。今度から気をつけます」