やさしく包むエメラルド
そのとき、静寂を打ち壊すように、びゅいーーんと黒い点がテーブルの上を通過した。
「あ、虫!」
虫も自然の一部。
これだけたくさんの緑があれば当然虫も無数にいるはずだけど、それが生活圏内に入り込んでくるなら話は別だ。
しかも音で十分わかるように、なかなか大きい。
びゅいーーん、びゅいーーんと飛び回る虫を目で追って、ヤツが畳の上に落ち着いたところでわたしは動いた。
「ティッシュ!」
目を離したら負けだというようにじっと虫を睨んだまま、彼に手を差し出す。
虚を突かれた彼だが、テーブルの下からカバーに包まれたティッシュ箱を取り出して差し出した。
ちらりと横目でそれを確認して、ザザッと二枚ティッシュを取り、そーっと虫に近づく。
息を殺しじわじわ詰め寄って、あと5cmというところで飛び掛かるも、びゅいーーんと茶箪笥に逃げられてしまう。
急いで茶箪笥に駆け寄ってもさらに逃げ回って、今度はなかなか落ち着かない。
「どこ?」
音は確かに聞こえるのに、なかなか目で捉えることができずひたすらキョロキョロ視線をさ迷わせる。
サラウンドのように部屋のあちこちから羽音と壁にぶつかる音がする。このまま目で追っていたらめまいがしそう。
「……何してるんですか?」
同じように立ってキョロキョロ虫を追っていた彼が怪訝な声で言った。
「いっそ気配だけを頼りに、心の目で見ようと思って」
わたしは目をつぶってじっとしたまま答える。
「見えますか?」
「いや全然」
羽音は聞こえなくなったからどこかに止まっているはずなのに、まったくわからない。
それでも心の目を見開いて、ヤツの気配を必死で探す。
「ではそのままじっとしていてください」
虫よりはるかに大きくあたたかな気配がしずかにしずかに近寄ってくる。
すぐ近くでふわっと風がおこって、わたしの頭を大きな手が一瞬包んだ。
驚いて目を開けた先には彼がいて、わたしの頭に手を置いたまま視線は部屋中を追いかけている。
「逃げられました」
気配を探っていたのに、ヤツは一番身近、わたしの頭の上にひそんでいたようだ。
「えー!」
「頭の上で潰したらよくないと思って、つい手を緩めてしまったので」
「頭で潰すのは嫌ですー!」
シュッと俊敏に動いた彼がテーブルの上で何度か格闘したあと、ティッシュと手を合わせて足早に縁側に向かう。
その様子にわたしも後を追いかけた。
彼が庭に向かって腕を伸ばし、そっとティッシュを開くと、びゅいーーんと黒い虫は庭のどこかへ消えて行った。
「あー、よかったー」
目で追うこともできなくなり笑顔を彼に向けると、少し口元が綻んだようだった。
「あ、虫!」
虫も自然の一部。
これだけたくさんの緑があれば当然虫も無数にいるはずだけど、それが生活圏内に入り込んでくるなら話は別だ。
しかも音で十分わかるように、なかなか大きい。
びゅいーーん、びゅいーーんと飛び回る虫を目で追って、ヤツが畳の上に落ち着いたところでわたしは動いた。
「ティッシュ!」
目を離したら負けだというようにじっと虫を睨んだまま、彼に手を差し出す。
虚を突かれた彼だが、テーブルの下からカバーに包まれたティッシュ箱を取り出して差し出した。
ちらりと横目でそれを確認して、ザザッと二枚ティッシュを取り、そーっと虫に近づく。
息を殺しじわじわ詰め寄って、あと5cmというところで飛び掛かるも、びゅいーーんと茶箪笥に逃げられてしまう。
急いで茶箪笥に駆け寄ってもさらに逃げ回って、今度はなかなか落ち着かない。
「どこ?」
音は確かに聞こえるのに、なかなか目で捉えることができずひたすらキョロキョロ視線をさ迷わせる。
サラウンドのように部屋のあちこちから羽音と壁にぶつかる音がする。このまま目で追っていたらめまいがしそう。
「……何してるんですか?」
同じように立ってキョロキョロ虫を追っていた彼が怪訝な声で言った。
「いっそ気配だけを頼りに、心の目で見ようと思って」
わたしは目をつぶってじっとしたまま答える。
「見えますか?」
「いや全然」
羽音は聞こえなくなったからどこかに止まっているはずなのに、まったくわからない。
それでも心の目を見開いて、ヤツの気配を必死で探す。
「ではそのままじっとしていてください」
虫よりはるかに大きくあたたかな気配がしずかにしずかに近寄ってくる。
すぐ近くでふわっと風がおこって、わたしの頭を大きな手が一瞬包んだ。
驚いて目を開けた先には彼がいて、わたしの頭に手を置いたまま視線は部屋中を追いかけている。
「逃げられました」
気配を探っていたのに、ヤツは一番身近、わたしの頭の上にひそんでいたようだ。
「えー!」
「頭の上で潰したらよくないと思って、つい手を緩めてしまったので」
「頭で潰すのは嫌ですー!」
シュッと俊敏に動いた彼がテーブルの上で何度か格闘したあと、ティッシュと手を合わせて足早に縁側に向かう。
その様子にわたしも後を追いかけた。
彼が庭に向かって腕を伸ばし、そっとティッシュを開くと、びゅいーーんと黒い虫は庭のどこかへ消えて行った。
「あー、よかったー」
目で追うこともできなくなり笑顔を彼に向けると、少し口元が綻んだようだった。