やさしく包むエメラルド


翌日は、おじさんに灯油を入れてもらい、おばさんから手作りのお惣菜やおにぎりをたくさんいただいて自宅に戻った。
仕事にも復帰して、変わらぬ日常に戻ったようだけど、わたしの内側は冷たく凍りついたまま。
啓一郎さんが瑠璃さんとどうなっているのか、ただのお隣さんであるわたしに確かめることなんてできない。

ぶり返した冬は一瞬で去っていき、春の日差しがふたたび雪を解かした。
駐車場もすっかりアスファルトに戻っていたけれど、その週の土曜日、わたしはほとんどの時間をベッドで過ごした。
もちろん風邪のせいではない。

宮前さんの庭は、日陰に少し雪が残っているけれど、湿った黒い土から芽吹いていく春の音が聞こえてきそうだった。
その中で、開け放たれた水色のカーテンの向こうに、人の気配はない。
おばさんからもらったお惣菜の残りを食べ、うとうとすることを繰り返しているうちにすっかり日は暮れたけれど、啓一郎さんの部屋の灯りはいつまでもつかなかった。

『瑠璃。じゃあ週末そっちに行くから』

何度確認しても啓一郎さんの部屋は暗い。
開け放たれたままのカーテンが、主の不在を示し続けている。

瑠璃さんと何を食べ、何を話しているのだろう。
あの手は、わたしに触れるときよりやさしく、瑠璃さんを包むのだろうか。

風邪は治ったはずなのに、胃の中に消化しきれないものが残ったような気持ち悪さがある。
時折それはグツグツと沸騰したり、逆に全身を冷やしたりする。
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