明治、禁じられた恋の行方
「よくぞ、いらっしゃった。」
柳原勇は、神経質そうな初老の男だった。
目が、志恩から千歳に移る。
「柳原様、大変ご無沙汰しております。」
千歳が慇懃に礼をすると、目を細め、まぁ中に、と導かれた。
なんて、大きい。
千歳は屋敷を見上げた。
邸宅の大きさは、久我家を超える程だ。
立派なお庭ですね、と柔らかく会話する志恩の後ろに隠れるように、千歳はついていく。
応接間に招かれた二人に、柳原は言った。
「まさか、八神殿が園池のお嬢様とご婚約とはね・・・」
志恩の目が、スッと細くなる。
その腕に、千歳が手を置く。
「発言をお許しください、柳原様。
父の事情は既にご存知かと思います。」
「ただ、父は無実なんです。」
信じてくたさい。どうか、お力添えを。
そう言って頭を下げる千歳に、柳原は目を向ける。
「君のお父上とは、以前より取引をさせていただいていた。まぁ、闇雲に知らぬ領域に手を出し過ぎたな。」
仰る通りです、と千歳が言う。
「ただ、何故、私なのかな。」
父上とは、長らく交流をしていなかったが。
鋭い目が千歳を探るように見る。
「以前、父のご紹介しました企業が、大事なお品物の紛失の事件を起こしてしまいました。その際、柳原様は大事にもせず、目を瞑ってくださったかと・・・」
申し訳ありません、以前園池を救ってくださった方であれば、何か道をご存知ではないかと思いまして、
そう言う千歳に柳原の眉がピクリと動いた。
「園池のお嬢様が才女というのは本当だったな。儂の名前まで、よく覚えていたな。」
だが、と続ける。
「あれは目を瞑った訳ではない。依頼人が、もう良いと言ってくださったんだ。」
「その、依頼人の方というのは・・・」
「近衛家だよ」
近衛家。
千歳は表情に出さない事に精一杯になり、言葉に詰まる。
すると、
「あの近衛家ですか、さすが、名の聞く家は、懐も違う」
一体その損失をどのように取り戻されたのか、貿易商の見習いのような自分としては、是非勉強させていただきたい。
にこやかに言う志恩に、柳原はニヤリと笑った。
「商人というものは、すぐに金の話に飛びつく」
「父上を助ける義理もないし、近衛家が一体どう損失を埋めたかも興味はないが、」
一つだけ、聞かせてやろう、と声を潜める。
その荷物を運んだ男共が、言っていたそうだ。
「西洋品にしちゃぁ、やけに、軽いってね。」