明治、禁じられた恋の行方
はぁ。
この家に来てから、つきすぎて数え切れない溜め息をまた落とし、志恩は椅子にだらりと腰掛けた。
「志恩さん」
咎めるように高倉が言う。
じろりとそちらを見、すぐに逸らす。
元はといえばお前のせいだろう、と口に出したくなるが、今居るこの家の中では、こいつはまだ、信頼できる方と言ってもいい。
志恩が近衛家に来て連れて行かれたのは、家長である近衛 正隆(このえ まさたか)という男の元だった。
ジロリとこちらを見る目は、冷たく、だが、その身分を持ちながら驕り高ぶっているというものでもない。
その眼差しは、世間知らずな華族というよりは、商人のそれに近かった。
「・・・本来、八神、お前なんぞにこの家の敷居は跨がせないんだがな」
正隆は志恩の顔を見ると、困ったことだ、というように眉根を寄せた。
連れてきなさい、
そう言われた使用人が出ていき、1分もかからないくらいで現れたのは、
この家の次女、近衛 華(このえ はな)だった。
下げていた頭を上げ、志恩を見る。その目は喜びで潤んでいた。
「八神志恩と申します」
存じ上げてます、と高く通る声で言う。
志恩は冷静な目で華を見ていた。
整えられた黒い髪、赤ん坊のような肌、高価そうな着物。
美しい娘だが、今、志恩の心は動かない。
何でこんなお嬢様が、わざわざ俺を?
正隆に視線を戻すと、その質問に答えるように言う。
「夜会で何度かご一緒させていただいたようなんだがね」
君はいつも難しい話をしていて、なかなか話しかけられなかったようなんだよ。
娘には甘いのだろう、目尻が下がり、愛おしそうに笑顔を見せる。
難しい話、ねぇ。
だったらその話が分かるようになってから会いに来て欲しかったものだ。
父親を使うことしか思い浮かばないようでは、この女に興味は微塵も抱けない。
もし、彼女だったら。
今ここにいない顔が浮かび、咄嗟に打ち消す。
「改めて、お会いできて光栄です。」
そう言うと、苦労の苦の字も知らないだろうその顔を桃色に染め、嬉しそうに笑った。