明治、禁じられた恋の行方
「麗斗様・・・!」

使用人たちが止めるのも聞かず、麗斗はどしどしと歩を進める。

洋館と和館からなる美しい久我邸。
その和館の一室で、麗斗の父親、久我晴成(はるなり)は、客をもてなしている真っ最中だった。

「麗斗・・・!」

いけない、そう思い腕を引っ張るがビクともしない。
麗斗は晴成と客のいる部屋に飛び込んだ。

「な・・・!麗斗、お前、何を・・・!」

「父さん・・・!」

麗斗は絞り出すような声を出す。

「頼む、こいつと結婚させてくれ・・・!」

悲痛にも聞こえる声が響く。
唖然としている客を、使用人が慌てて別室に連れていった。

「麗斗・・・お前は何をやっているんだ!!!」

ビリビリと響くような怒声。
ビクッと、麗斗と千歳の身体が固まる。

晴成の目が麗斗から千歳に移る。
その顔が嫌悪に染まっていくのを千歳は見た。

「また、その女か」

冷たい声が落とされる。

「頼む・・・!」

「好きなんだ、もう我慢出来ない・・・!」

「千歳と、結婚させてくれ。」

麗斗の声とは思えない、絞り出すような声。
切なそうに眉根を寄せた顔を千歳に向けると、そのまま力強く抱き締めた。

千歳、千歳、と耳元で囁かれ、かぁっと身体が熱くなる。

しかし、

「おい。こいつを座敷牢に連れて行け」

「!!!」

駆けつけた使用人たちに冷たく指示する声に感情は無い。

「園池のお嬢さん、今は家が大変な時だろう。
 こんな所で何をしているんだい。」

ゾッとするような声だ。

千歳を離そうとしない麗斗を、使用人たちが無理矢理引き離す。

「千歳・・・!」

「父さん、頼む」

何でもする、と麗斗は畳に額を押し付ける。

その麗斗を、晴成は蹴り飛ばした。

「麗斗・・・!」

「麗斗様・・・!」

もういい。もういい。私は大変なことをさせてしまった。
麗斗に駆け寄り、蹴られた脇腹に手を置く。

麗斗が私の顔を見て、目が合う。
その目はまだ諦めていなかった。

その後も、頼む、頼む、助けてやりたいんだと乞う麗斗を一方的に殴りつけ、
その胸ぐらを掴み、言う。

「もともとあの家はもう終わりだ。この子も自分の身の丈に合った場所に行くだけだ。お前には、関係の無い事だ。」

ヒュッと麗斗が息を呑む。

「何が身の丈だ。この家だって、もう先は長くない。」

「おそらくこれから、華族冷遇の時代が始まる。今資産を持っているうちに、せめて、こいつを助けたい。」

何を言っている、と鼻で笑い、晴成は手を離した。
どさり、と麗斗が崩れ落ちる。

麗斗・・・
伸ばそうとした手の前に、晴成がダンッ!と足を置いた。

「園池のお嬢さん。これ以上私の前に姿を見せるようなら、母上も弟さんも、今よりももっと悪い状況にすることも出来るんだよ。」

恐ろしい言葉に、身体が動かなくなる。

「父さん・・・あんた・・・」

麗斗は愕然とした目で父親を見る。

「こいつらをさっさと連れて行け!!!」

怒声に、固まっていた使用人たちが一斉に動く。

「千歳・・・!」

手を伸ばそうとするも、その手が千歳に届くことはなかった。

「麗斗・・・!もういい・・・!もういいよ・・・!」

ありがとう、
その言葉は彼に届いただろうか。

千歳も使用人たちに引きずられるように連れられ、
屋敷の外に放り出された。
< 9 / 97 >

この作品をシェア

pagetop