灯火
***
乗り込んだ観光船で洞窟近くまで近づき、その後、手漕ぎボートで中に入る。目の前にある穴の入り口はパッと見、1メートルくらいしかなかった。
「洞窟の中に入るときは、頭をぶつけないように気をつけてくださいね。ボートに伏せて」
言われた通りに頭を抱えてボートに伏せると、私を守るようにジュリオが覆い被さってくれた。
(ちょっ、近い……)
空気から伝わる体温に、思わず赤面してしまう。
「もう大丈夫です。顔をあげて下さい。とてもキレイな景色ですよ」
「わ……!」
絵の具で作った青色じゃなく、自然の力で出来た青色――息を飲むその美しさに目を奪われて感動していたんだけど、ちょっとしてから違和感を覚えた。だって――
「……私たちだけ?」
観光船には他にもたくさんの観光客がボートが空くのを待っていたのに、誰も入ってこないなんて。
「ベルリーニの力を、少し使っちゃいました」
「はい?」
「20分間だけ、ここを私たちの貸切にしました。瑞穂、好きなだけ堪能して下さい」
乱反射した青い水面がジュリオの瞳に映って、更に深い青みが差す。その神秘的な青色から、何故だか目が離せない――
「何だか悪いわ、他の人に……」
「私の与えるバツをきちんと受けて下さい。なんて――こんなの理由にはなりませんね」
私の視線を受け止めつつも、すっと目を逸らしたジュリオが形のいい唇をきゅっと引き結び、笑みを消した。
波に揺れるボートがやけにふわふわしていて、えらく不安定な自分の気持ちを表しているみたいに感じる。綺麗な景色を堪能したいのにそれどころじゃなくて、目の前にいるジュリオから目が離せない。
(――どうしてそんな、つらそうな表情を浮かべるんだろう?)
「ジュリオ、どうしたの? 具合でも悪くなった?」
私の言葉に顔を上げて、ふるふると力なく首を横に振った。そして――
「Mizuho, mi piace.」
小さな声で告げられた言葉は、多分イタリア語。でも意味が分からない。
眉根を寄せて口を開こうとしたら、
「Je vous aime.」
「あの、ジュリオ何を言って」
「Mizuho, ist deine Liebe.」
「んもぅ、私に分かるように言ってくれなきゃ、会話ができないじゃない!」
ちょっとキレて声を荒げると心底困った表情を浮かべながら、とても小さな声で告げる。
「I love you, Mizuhoで、通じますか?」
「えっ!?」
「最初のはイタリア語で次はフランス語に、ドイツ語。どの言語で伝えたら、貴女の心を掴むことができるでしょうか」
ちょっと待って――頭がついていかない。何でいきなり、こんな展開になるの?
さっきまでボートの揺れが気になっていたのに、それさえも全然感じないくらいに、今はジュリオの言葉が気になって仕方ない。
「やっぱり、日本語で言った方が伝わりますか?」
微笑みを浮かべながら狭いボートを這うように、こっちへと近づいてくる。揺れないように、ゆっくりと――
「ジュリオ危ないわ。重心が」
「瑞穂、貴女が好き……」
肩をぐいっと引き寄せられたと思ったら、唇が塞がれた。強く引き寄せられたせいでボートが大きく揺らいだ感じがしたけれど、抱きとめてくれた大きな躰から伝わる安心感が、何ともいえなくて。
触れるだけのキスなのに、どうしてこんなに――
わけの分からない状態を脱しようと自分から唇を外したら、頬に手を添えられ上を向かせられる。
「もう一度、キスしていいですか?」
そう訊ねたクセに、私が答える前にキスしてきた。呼吸を奪うような激しい――
「んぅ……ンンッ……っ」
逃げられないように頭を両手で押さえ込み、角度を変えながら口の中を責め立てる。
――こんなのズルイ……。愛の告白をいろんな言葉を使って告げただけじゃなく、こんな風に情熱的に迫られて、イヤだなんて言えるワケがない。
ジュリオの着ているシャツを握りしめたら、そっと顔を離して私を見てから、名残惜しげに頬にキスを落とした。
「瑞穂、私のことどう思ってますか? 年下の生意気な若造? それとも親の七光りで粋がってるバカ者?」
自分を卑下しながら、寂しげな笑みを浮かべる。
「ジュリオ、そんな風に思ってないから。そりゃ最初はホテルの偉い人だって、ちょっとビビったけど。ここに来るまでにいろんな貴方の表情を見たし、それに優しく接してくれたでしょ?」
「はい……」
「逢ったばかりなのに、傍にいるだけでドキドキしちゃって。私を包み込んでくれる、この腕も何もかも愛おしくて堪らない」
躰に回された腕にそっと手をやりジュリオを見上げると、嬉しそうな笑みを浮かべた瞳と絡み合う。
「良かった、神様――」
安心したように呟き、ぎゅっと私を抱き締める。その大きな背中に腕を回して、優しく撫でさすってあげた。
「ジュリオ……」
「瑞穂は本当に優しいですね。貴女にそうやって抱きしめられているだけで、すごく落ち着きます」
私の頭に頬を寄せて更にぎゅっと抱きしめ返しながら、ゆっくりと口を開く。
「私の周りにいる人たちは親の七光りでいる自分の足を引っ張ろうと、必死に粗探しをします。こんな風に安らぐことができません」
「若いのに、偉いのって大変ね」
「それに自分を良く見せようとする女性が、ベルリーニの名前だけに惹かれて、たくさんやって来ます」
クスクス笑いながら告げる言葉に、難しい顔をするしかない。
「ジュリオはモテモテなのね」
「だけど私自身が好きで、やって来るのではないですから。モテてるのとは違います」
躰に回していた腕を離すと、私の頬を包み込んでくれた。
覗きこまれるように見つめられる視線に、どうしていいか分からない。だけど――
青い瞳を見つめながら考えついたことを、きちんと伝えようと思った。
「確かにベルリーニの名前のお陰で近寄ってくる女性はいるかもしれないけど、それだけじゃないと思う」
「どうして?」
「だってジュリオ、貴方はカッコイイもの。ずっと傍で見ていたいって思うわ。優しくてスマートだし、年下に見えない」
真面目に応えたというのに、何故かクスクス笑い出す。
「何が可笑しいの?」
「だってずっと傍で見ていたいなんて、私は観賞用なんですか?」
「そんなんじゃなく、えっと」
「私は瑞穂を観賞用なんかにしませんよ。こうやってもっと触れ合いたい」
頬に添えていた手で顎を上げ、親指で下唇をすすっとなぞった。
「貴女の心も躰も、全部自分のモノにしたいって考えてるんですけど――」
そのとき、洞窟の入り口付近から人の声が聞こえてきた。
「もう20分が経ったんですね、早い……。そろそろ出ましょうか」
素早く掠め取るようなキスをしてから、ボートが揺れないように自分がいた場所に戻り、オールを手にしたジュリオ。
「この続きは、帰ってからですよ瑞穂」
艶っぽい笑みを浮かべて告げてくれた言葉に、なんと答えていいか分からず、黙りこんでしまった。好き合ったからって出逢っていきなりは、ちょっと、ね――
素早くキスしてからオールを漕ぎ出したジュリオに、困った顔しかできなかった。
「この後、お土産でも見に行きましょう。ここはレモンの産地として、結構有名なんですよ」
私の浮かべている表情に何も言わず、雰囲気を盛り上げようとしてくれてる心遣いに、じわりと胸が熱くなる。
「瑞穂、今日は楽しみましょうね。貴女のいろんな顔を見てみたいです」
「いろんな顔?」
ボートに屈みこみながら洞窟を抜けると、サラサラな栗色の髪を颯爽と海風になびかせながら、柔らかい笑みを浮かべた。
「さっきも言いましたが、今まで出逢ってきた女性は、少しでも自分を良く見せようと作り笑いで私に擦り寄ってきました。でも瑞穂の表情は、とても自然体です。怒っていても困っていても笑っていても、惹きつけられてしまう何かを持っていますよ」
「そんな風に褒められると、どんな顔していいのか、ますます分らないわ」
「じゃあ笑っていて下さい。私だけを見つめていて……」
ボートから観光船に素早く乗り込み、右手を差し出してくれる。ふらつきながら立ち上がり、ジュリオの手に自分の手を置くと、力強く引き上げてくれた。
だけど力が余って、そのままジュリオの胸の中へと、勢いよく飛び込んでしまう。
「きゃっ! ごめんなさい」
「瑞穂なら、いつでもOKです。このままでいてほしいくらい」
他の人の目もあるので慌てて体を退くと、素早く腕を掴み寄せる。
「逃がしませんよ、傍にいて下さい」
さっきの告白といい今といい、見かけによらず強引なところがあって、ますますドキドキしてしまう。
掴んだ腕を自分の腕に絡ませ、観光船のデッキへと誘導してくれるジュリオに、やわらかく微笑んであげた。
そんな私に優しい笑みで返し、イタリアの事をいろいろ教えてもらいながら一緒にお土産も買ったりと、1日を楽しむことが出来た。
乗り込んだ観光船で洞窟近くまで近づき、その後、手漕ぎボートで中に入る。目の前にある穴の入り口はパッと見、1メートルくらいしかなかった。
「洞窟の中に入るときは、頭をぶつけないように気をつけてくださいね。ボートに伏せて」
言われた通りに頭を抱えてボートに伏せると、私を守るようにジュリオが覆い被さってくれた。
(ちょっ、近い……)
空気から伝わる体温に、思わず赤面してしまう。
「もう大丈夫です。顔をあげて下さい。とてもキレイな景色ですよ」
「わ……!」
絵の具で作った青色じゃなく、自然の力で出来た青色――息を飲むその美しさに目を奪われて感動していたんだけど、ちょっとしてから違和感を覚えた。だって――
「……私たちだけ?」
観光船には他にもたくさんの観光客がボートが空くのを待っていたのに、誰も入ってこないなんて。
「ベルリーニの力を、少し使っちゃいました」
「はい?」
「20分間だけ、ここを私たちの貸切にしました。瑞穂、好きなだけ堪能して下さい」
乱反射した青い水面がジュリオの瞳に映って、更に深い青みが差す。その神秘的な青色から、何故だか目が離せない――
「何だか悪いわ、他の人に……」
「私の与えるバツをきちんと受けて下さい。なんて――こんなの理由にはなりませんね」
私の視線を受け止めつつも、すっと目を逸らしたジュリオが形のいい唇をきゅっと引き結び、笑みを消した。
波に揺れるボートがやけにふわふわしていて、えらく不安定な自分の気持ちを表しているみたいに感じる。綺麗な景色を堪能したいのにそれどころじゃなくて、目の前にいるジュリオから目が離せない。
(――どうしてそんな、つらそうな表情を浮かべるんだろう?)
「ジュリオ、どうしたの? 具合でも悪くなった?」
私の言葉に顔を上げて、ふるふると力なく首を横に振った。そして――
「Mizuho, mi piace.」
小さな声で告げられた言葉は、多分イタリア語。でも意味が分からない。
眉根を寄せて口を開こうとしたら、
「Je vous aime.」
「あの、ジュリオ何を言って」
「Mizuho, ist deine Liebe.」
「んもぅ、私に分かるように言ってくれなきゃ、会話ができないじゃない!」
ちょっとキレて声を荒げると心底困った表情を浮かべながら、とても小さな声で告げる。
「I love you, Mizuhoで、通じますか?」
「えっ!?」
「最初のはイタリア語で次はフランス語に、ドイツ語。どの言語で伝えたら、貴女の心を掴むことができるでしょうか」
ちょっと待って――頭がついていかない。何でいきなり、こんな展開になるの?
さっきまでボートの揺れが気になっていたのに、それさえも全然感じないくらいに、今はジュリオの言葉が気になって仕方ない。
「やっぱり、日本語で言った方が伝わりますか?」
微笑みを浮かべながら狭いボートを這うように、こっちへと近づいてくる。揺れないように、ゆっくりと――
「ジュリオ危ないわ。重心が」
「瑞穂、貴女が好き……」
肩をぐいっと引き寄せられたと思ったら、唇が塞がれた。強く引き寄せられたせいでボートが大きく揺らいだ感じがしたけれど、抱きとめてくれた大きな躰から伝わる安心感が、何ともいえなくて。
触れるだけのキスなのに、どうしてこんなに――
わけの分からない状態を脱しようと自分から唇を外したら、頬に手を添えられ上を向かせられる。
「もう一度、キスしていいですか?」
そう訊ねたクセに、私が答える前にキスしてきた。呼吸を奪うような激しい――
「んぅ……ンンッ……っ」
逃げられないように頭を両手で押さえ込み、角度を変えながら口の中を責め立てる。
――こんなのズルイ……。愛の告白をいろんな言葉を使って告げただけじゃなく、こんな風に情熱的に迫られて、イヤだなんて言えるワケがない。
ジュリオの着ているシャツを握りしめたら、そっと顔を離して私を見てから、名残惜しげに頬にキスを落とした。
「瑞穂、私のことどう思ってますか? 年下の生意気な若造? それとも親の七光りで粋がってるバカ者?」
自分を卑下しながら、寂しげな笑みを浮かべる。
「ジュリオ、そんな風に思ってないから。そりゃ最初はホテルの偉い人だって、ちょっとビビったけど。ここに来るまでにいろんな貴方の表情を見たし、それに優しく接してくれたでしょ?」
「はい……」
「逢ったばかりなのに、傍にいるだけでドキドキしちゃって。私を包み込んでくれる、この腕も何もかも愛おしくて堪らない」
躰に回された腕にそっと手をやりジュリオを見上げると、嬉しそうな笑みを浮かべた瞳と絡み合う。
「良かった、神様――」
安心したように呟き、ぎゅっと私を抱き締める。その大きな背中に腕を回して、優しく撫でさすってあげた。
「ジュリオ……」
「瑞穂は本当に優しいですね。貴女にそうやって抱きしめられているだけで、すごく落ち着きます」
私の頭に頬を寄せて更にぎゅっと抱きしめ返しながら、ゆっくりと口を開く。
「私の周りにいる人たちは親の七光りでいる自分の足を引っ張ろうと、必死に粗探しをします。こんな風に安らぐことができません」
「若いのに、偉いのって大変ね」
「それに自分を良く見せようとする女性が、ベルリーニの名前だけに惹かれて、たくさんやって来ます」
クスクス笑いながら告げる言葉に、難しい顔をするしかない。
「ジュリオはモテモテなのね」
「だけど私自身が好きで、やって来るのではないですから。モテてるのとは違います」
躰に回していた腕を離すと、私の頬を包み込んでくれた。
覗きこまれるように見つめられる視線に、どうしていいか分からない。だけど――
青い瞳を見つめながら考えついたことを、きちんと伝えようと思った。
「確かにベルリーニの名前のお陰で近寄ってくる女性はいるかもしれないけど、それだけじゃないと思う」
「どうして?」
「だってジュリオ、貴方はカッコイイもの。ずっと傍で見ていたいって思うわ。優しくてスマートだし、年下に見えない」
真面目に応えたというのに、何故かクスクス笑い出す。
「何が可笑しいの?」
「だってずっと傍で見ていたいなんて、私は観賞用なんですか?」
「そんなんじゃなく、えっと」
「私は瑞穂を観賞用なんかにしませんよ。こうやってもっと触れ合いたい」
頬に添えていた手で顎を上げ、親指で下唇をすすっとなぞった。
「貴女の心も躰も、全部自分のモノにしたいって考えてるんですけど――」
そのとき、洞窟の入り口付近から人の声が聞こえてきた。
「もう20分が経ったんですね、早い……。そろそろ出ましょうか」
素早く掠め取るようなキスをしてから、ボートが揺れないように自分がいた場所に戻り、オールを手にしたジュリオ。
「この続きは、帰ってからですよ瑞穂」
艶っぽい笑みを浮かべて告げてくれた言葉に、なんと答えていいか分からず、黙りこんでしまった。好き合ったからって出逢っていきなりは、ちょっと、ね――
素早くキスしてからオールを漕ぎ出したジュリオに、困った顔しかできなかった。
「この後、お土産でも見に行きましょう。ここはレモンの産地として、結構有名なんですよ」
私の浮かべている表情に何も言わず、雰囲気を盛り上げようとしてくれてる心遣いに、じわりと胸が熱くなる。
「瑞穂、今日は楽しみましょうね。貴女のいろんな顔を見てみたいです」
「いろんな顔?」
ボートに屈みこみながら洞窟を抜けると、サラサラな栗色の髪を颯爽と海風になびかせながら、柔らかい笑みを浮かべた。
「さっきも言いましたが、今まで出逢ってきた女性は、少しでも自分を良く見せようと作り笑いで私に擦り寄ってきました。でも瑞穂の表情は、とても自然体です。怒っていても困っていても笑っていても、惹きつけられてしまう何かを持っていますよ」
「そんな風に褒められると、どんな顔していいのか、ますます分らないわ」
「じゃあ笑っていて下さい。私だけを見つめていて……」
ボートから観光船に素早く乗り込み、右手を差し出してくれる。ふらつきながら立ち上がり、ジュリオの手に自分の手を置くと、力強く引き上げてくれた。
だけど力が余って、そのままジュリオの胸の中へと、勢いよく飛び込んでしまう。
「きゃっ! ごめんなさい」
「瑞穂なら、いつでもOKです。このままでいてほしいくらい」
他の人の目もあるので慌てて体を退くと、素早く腕を掴み寄せる。
「逃がしませんよ、傍にいて下さい」
さっきの告白といい今といい、見かけによらず強引なところがあって、ますますドキドキしてしまう。
掴んだ腕を自分の腕に絡ませ、観光船のデッキへと誘導してくれるジュリオに、やわらかく微笑んであげた。
そんな私に優しい笑みで返し、イタリアの事をいろいろ教えてもらいながら一緒にお土産も買ったりと、1日を楽しむことが出来た。