灯火
***
「今日は楽しい1日を過ごすことができました。有難う、瑞穂」
部屋の前まで送ってくれたジュリオは私の手を取り、甲にキスしてから去って行った。
『この続きは、帰ってからですよ瑞穂』
なぁんて洞窟で言ってたから、少しだけ期待していたのに――
「何か、肩すかしを食らっちゃったな。シャワーでも浴びて、さっぱりしようっと」
寂しさを振り切るように部屋の中に入り、すぐにシャワーを浴びた。
「ふぅ、気持ちよかった」
バスローブのまま椅子に座って、タオルで髪を乾かす。時差ボケも手伝ってか夜なのに眠くなくて、ぼんやりと窓から外を眺めていた。
コンコン、コンコン!
ドアを軽快にノックする音にビックリする。確か、インターフォンがあるはずなのに?
「だ、誰? Who are you?」
ビクビクしながら、扉に向かって話しかけてみた。
「私です。いい物を持って来ましたよ」
ジュリオの弾んだ声を聞いたので慌てて扉を開けたら、顔の前に突き出された可愛らしいミニブーケ。それをおずおずと受け取ると、ちゅっと額にキスをしてくれるオマケつき。
「ありがとジュリオ。あの……」
「これの他に、先程カプリ島で買ったリモンチェッロをしっかりと冷やして持ってきました。一緒に飲みましょう」
途惑っておどおどする私を無視し、さっさと部屋の中に入り込んでテーブルにグラスをセッティングしていく。流れるような手際の良さに、声をかけることができない。
「リモンチェッロに使われるレモンは、シチリア産が多いんですが、品質的には芳醇な香りが特長のカンパーニア産のレモンを使ったものが、実は最高なんですよ。さぁ、どうぞ」
椅子を引いて私を座らせ、グラスを手渡してくれた。
「瑞穂との出逢いに、乾杯!」
カチンとグラスを鳴らして美味しそうに飲む姿を見てから、そっと口をつける。ほのかに甘いレモンのお酒が喉を通っていくのが分るくらいに、アルコール度数が高い。
「美味しい……。レモンの香りが口の中にいっぱい広がって、爽快って感じ。とてもさっぱりするわ」
再びお酒を口にしてニッコリ微笑むと、どうぞと言いながら串に刺した何かを手渡してくれたジュリオ。
「私のオススメのモッツァレラチーズです。美味しくて、頬が落ちてしまうかも」
その言葉にワクワクしながら、パクッと口に頬張ってみた。
「んん~っ! すっごく美味しい。このお餅みたいな弾力が堪らない!」
「……瑞穂は本当に、美味しそうに食べますね」
「美味しいわ、本当に。ジュリオも食べてみて。はい、あ~ん」
テーブルに置いてあったチーズをスティックに突き刺し、ジュリオの口に運んでみる。私の顔を窺いながら、美味しそうに食べてくれた。
「ね? 美味しいでしょ?」
ジュリオが持ってきた物なのに自分が持ってきたみたいに喋ったのは、ずっとジュリオの顔が強張っているから。
「美味しいです。瑞穂が食べさせてくれたから、美味しいのかもしれません」
弾んだ声で言ったものの、やっぱり表情が暗い感じがとれない。
「ねぇジュリオ、何かあったの?」
顔を寄せたら、顎を引いて距離までとる始末。もしかして私自身が、何かしちゃったのかな?
「何かって……何もありませんよ」
「ウソ、さっきから変だもの。どうしたの?」
「……瑞穂、バスローブの前……」
顔を逸らして、その部分を指差した。
「きゃっ!? ごめんなさい!!」
バスローブの胸元がいい感じで開いていて、あるんだかないんだかよく分らない胸がいい感じにチラリズムしている状態に、慌てふためくしかない!
いくら自室だからって、くつろぎすぎていた。普通男性が入ってきた時点で、そういうところに気がつくべき格好じゃないの。
仕事に明け暮れて女を捨てると、こうなっちゃうのか――って実況してる場合じゃない!
「あっ、あのねゴメンなさい。気がつかなくて。ホント私って、そそっかしくって」
「いや……私の方こそ、目のやり場に困りつつも実際、見てましたから」
見てたって、あの……バッチリと見られてたんだ。
「瑞穂のそそっかしさは、最初から分っていたつもりでしたが、それでも……どこかで誘われているかも。なんて考えたりして……」
胸元を押さえる私をじっと見つめる、ジュリオの青い瞳。目元が少しだけ赤い。
「誘ってなんて、いないから」
見つめられる視線に居たたまれなくて顔を伏せたら、グラスを持ち上げた音が聞こえた。次の瞬間、顎を掬い上げられ唇が強引に重ねられる。
「んぅっ!?」
勢いよく流れ込んできたリモンチェッロに戸惑いながらも、必死になって飲むしかない。
「すみません、零してしまいましたね」
唇から滴り落ちてしまったリモンチェッロが、顎から首筋に向かって流れ落ちていく。それを下から上へと唇を這わせて、舐めとっていくジュリオ。その瞬間、ぞくぞくしたものが肌の上を走った。
「ちょっ、待ってジュリ――」
私の苦情を塞ぐように唇を重ねると立ち上がらせて、そのままベッドに移動させられた。
「ンン……っ」
自分の体重を使って押し倒すと、優しく私の躰を抱き締め直し、角度を変えて再びキスをしてくる。絡められる舌が求めるように動いてくるせいで、呼吸はおろか抵抗する力が抜けていく。それだけじゃなく――
時折、私の感じる場所を探るように、舌を動かしてくれて。それに感じてしまって躰をビクつかせると、そこばかりを狙って舌先を使い、更に責められてしまった。
「うぅっ、ん……ぁ……」
息を切らしながら甘い声をあげる私を、切なげな表情を浮かべながら見下ろしてくる。
「瑞穂、すごく可愛いです」
「ジュリオ……」
「それに肌が、キレイな桜色になってます。お酒に酔いましたか?」
確かにさっき飲んだリモンチェッロは、アルコール度数が高いのは分かったけれど。
「それとも、私に酔ってくれましたか?」
「……両方かも」
その言葉にちょっとだけ意外そうな顔をしてから、熱のある頬に優しく触れてくれた。
「だったら、もっと私に酔わせてみたいです。それにもっと瑞穂を知りたい」
「そ、れは――」
「瑞穂のことを愛したいです。でも瑞穂がイヤって言うなら、これ以上のことはしません」
ジュリオは抱きしめながらもキス意外、私に手出しをしていなかった。普通ならこんな状態になったら、相手のことなんて考えないで、押し進めちゃうところだと思うのに。
「瑞穂は私のこと、知りたいと思いませんか?」
迷う心に、投げかけられた質問。
「そりゃ好きだから、知りたいって思うけど――」
正直この一線を超えた先に、何があるのか分からないから怖い。
「私は貴女を、一夜限りの相手にするつもりはありません。その覚悟はできています」
私の不安を見越したような答えが耳に届いた瞬間、ジュリオの躰をぎゅっと抱きしめた。
「瑞穂?」
「ジュリオに愛されたい……。貴方の全部が知りたいから」
「分かりました。ゆっくり時間をかけて、瑞穂を愛してあげます」
耳元で告げられた言葉にこくんと頷くと、再び唇を重ねて私を求めてくれる。
言葉通り、一晩中私を愛してくれたジュリオだったけど朝、目覚めたときの衝撃は、ショックとしかいいようがなかった。
「今日は楽しい1日を過ごすことができました。有難う、瑞穂」
部屋の前まで送ってくれたジュリオは私の手を取り、甲にキスしてから去って行った。
『この続きは、帰ってからですよ瑞穂』
なぁんて洞窟で言ってたから、少しだけ期待していたのに――
「何か、肩すかしを食らっちゃったな。シャワーでも浴びて、さっぱりしようっと」
寂しさを振り切るように部屋の中に入り、すぐにシャワーを浴びた。
「ふぅ、気持ちよかった」
バスローブのまま椅子に座って、タオルで髪を乾かす。時差ボケも手伝ってか夜なのに眠くなくて、ぼんやりと窓から外を眺めていた。
コンコン、コンコン!
ドアを軽快にノックする音にビックリする。確か、インターフォンがあるはずなのに?
「だ、誰? Who are you?」
ビクビクしながら、扉に向かって話しかけてみた。
「私です。いい物を持って来ましたよ」
ジュリオの弾んだ声を聞いたので慌てて扉を開けたら、顔の前に突き出された可愛らしいミニブーケ。それをおずおずと受け取ると、ちゅっと額にキスをしてくれるオマケつき。
「ありがとジュリオ。あの……」
「これの他に、先程カプリ島で買ったリモンチェッロをしっかりと冷やして持ってきました。一緒に飲みましょう」
途惑っておどおどする私を無視し、さっさと部屋の中に入り込んでテーブルにグラスをセッティングしていく。流れるような手際の良さに、声をかけることができない。
「リモンチェッロに使われるレモンは、シチリア産が多いんですが、品質的には芳醇な香りが特長のカンパーニア産のレモンを使ったものが、実は最高なんですよ。さぁ、どうぞ」
椅子を引いて私を座らせ、グラスを手渡してくれた。
「瑞穂との出逢いに、乾杯!」
カチンとグラスを鳴らして美味しそうに飲む姿を見てから、そっと口をつける。ほのかに甘いレモンのお酒が喉を通っていくのが分るくらいに、アルコール度数が高い。
「美味しい……。レモンの香りが口の中にいっぱい広がって、爽快って感じ。とてもさっぱりするわ」
再びお酒を口にしてニッコリ微笑むと、どうぞと言いながら串に刺した何かを手渡してくれたジュリオ。
「私のオススメのモッツァレラチーズです。美味しくて、頬が落ちてしまうかも」
その言葉にワクワクしながら、パクッと口に頬張ってみた。
「んん~っ! すっごく美味しい。このお餅みたいな弾力が堪らない!」
「……瑞穂は本当に、美味しそうに食べますね」
「美味しいわ、本当に。ジュリオも食べてみて。はい、あ~ん」
テーブルに置いてあったチーズをスティックに突き刺し、ジュリオの口に運んでみる。私の顔を窺いながら、美味しそうに食べてくれた。
「ね? 美味しいでしょ?」
ジュリオが持ってきた物なのに自分が持ってきたみたいに喋ったのは、ずっとジュリオの顔が強張っているから。
「美味しいです。瑞穂が食べさせてくれたから、美味しいのかもしれません」
弾んだ声で言ったものの、やっぱり表情が暗い感じがとれない。
「ねぇジュリオ、何かあったの?」
顔を寄せたら、顎を引いて距離までとる始末。もしかして私自身が、何かしちゃったのかな?
「何かって……何もありませんよ」
「ウソ、さっきから変だもの。どうしたの?」
「……瑞穂、バスローブの前……」
顔を逸らして、その部分を指差した。
「きゃっ!? ごめんなさい!!」
バスローブの胸元がいい感じで開いていて、あるんだかないんだかよく分らない胸がいい感じにチラリズムしている状態に、慌てふためくしかない!
いくら自室だからって、くつろぎすぎていた。普通男性が入ってきた時点で、そういうところに気がつくべき格好じゃないの。
仕事に明け暮れて女を捨てると、こうなっちゃうのか――って実況してる場合じゃない!
「あっ、あのねゴメンなさい。気がつかなくて。ホント私って、そそっかしくって」
「いや……私の方こそ、目のやり場に困りつつも実際、見てましたから」
見てたって、あの……バッチリと見られてたんだ。
「瑞穂のそそっかしさは、最初から分っていたつもりでしたが、それでも……どこかで誘われているかも。なんて考えたりして……」
胸元を押さえる私をじっと見つめる、ジュリオの青い瞳。目元が少しだけ赤い。
「誘ってなんて、いないから」
見つめられる視線に居たたまれなくて顔を伏せたら、グラスを持ち上げた音が聞こえた。次の瞬間、顎を掬い上げられ唇が強引に重ねられる。
「んぅっ!?」
勢いよく流れ込んできたリモンチェッロに戸惑いながらも、必死になって飲むしかない。
「すみません、零してしまいましたね」
唇から滴り落ちてしまったリモンチェッロが、顎から首筋に向かって流れ落ちていく。それを下から上へと唇を這わせて、舐めとっていくジュリオ。その瞬間、ぞくぞくしたものが肌の上を走った。
「ちょっ、待ってジュリ――」
私の苦情を塞ぐように唇を重ねると立ち上がらせて、そのままベッドに移動させられた。
「ンン……っ」
自分の体重を使って押し倒すと、優しく私の躰を抱き締め直し、角度を変えて再びキスをしてくる。絡められる舌が求めるように動いてくるせいで、呼吸はおろか抵抗する力が抜けていく。それだけじゃなく――
時折、私の感じる場所を探るように、舌を動かしてくれて。それに感じてしまって躰をビクつかせると、そこばかりを狙って舌先を使い、更に責められてしまった。
「うぅっ、ん……ぁ……」
息を切らしながら甘い声をあげる私を、切なげな表情を浮かべながら見下ろしてくる。
「瑞穂、すごく可愛いです」
「ジュリオ……」
「それに肌が、キレイな桜色になってます。お酒に酔いましたか?」
確かにさっき飲んだリモンチェッロは、アルコール度数が高いのは分かったけれど。
「それとも、私に酔ってくれましたか?」
「……両方かも」
その言葉にちょっとだけ意外そうな顔をしてから、熱のある頬に優しく触れてくれた。
「だったら、もっと私に酔わせてみたいです。それにもっと瑞穂を知りたい」
「そ、れは――」
「瑞穂のことを愛したいです。でも瑞穂がイヤって言うなら、これ以上のことはしません」
ジュリオは抱きしめながらもキス意外、私に手出しをしていなかった。普通ならこんな状態になったら、相手のことなんて考えないで、押し進めちゃうところだと思うのに。
「瑞穂は私のこと、知りたいと思いませんか?」
迷う心に、投げかけられた質問。
「そりゃ好きだから、知りたいって思うけど――」
正直この一線を超えた先に、何があるのか分からないから怖い。
「私は貴女を、一夜限りの相手にするつもりはありません。その覚悟はできています」
私の不安を見越したような答えが耳に届いた瞬間、ジュリオの躰をぎゅっと抱きしめた。
「瑞穂?」
「ジュリオに愛されたい……。貴方の全部が知りたいから」
「分かりました。ゆっくり時間をかけて、瑞穂を愛してあげます」
耳元で告げられた言葉にこくんと頷くと、再び唇を重ねて私を求めてくれる。
言葉通り、一晩中私を愛してくれたジュリオだったけど朝、目覚めたときの衝撃は、ショックとしかいいようがなかった。