夜空に涙を浮かべて
夜
夜というものはなぜ巡ってくるのだろうか。夜が来なければ永遠と明るくて何も怖いことなんてないのに。何度願っても夜は毎日訪れる。毎日白夜ならいいのになんて考えるほどに。
部活帰りのことだった。私の所属する美術部は、月に一度行けばあとは行かなくてもいいようになっていた。夜が嫌いな私は月に一度だけ部活に行くようにしていた。
久しぶりの部活で夜遅くなっていることに気づかなかった。慌てて学校を出ると外は黒に浮かぶ白い星々が綺麗に輝いていた。だが、その黒を見た瞬間私は恐怖に襲われた。暗くなってしまったことへの焦りと、私の未来を否定するような黒さにただ泣きたかった。
そんな時だった部活帰りのある男子生徒が昇降口から出てきたのは。その男子生徒は雨も降ってないのに私がその場から動かないのを不思議に思ったのか近づいてくる。そして近づかれて初めて気づいた。その男子生徒は美形、という言葉では表せないほどの顔をしていた。顔だけじゃなくスラリと伸びた手足。それに見合う身長。だけどこんな生徒がいたのならば騒がれているはずなのに聞いたことがない。なぜだろうと考えている時、上から声が降ってきた。
「ねえ、さっきからそこでなにしてるの?」
降ってきた声に驚いて思わず肩を揺らした。
「あ、いや…迎えを待っていて…」
なぜか嘘が咄嗟に口から溢れた。
「そ。いつ来るの?あまりに遅いなら危ないよ?」
男子生徒の優しさからだろう。初対面の私に親切にしてくれる。
「いえ、大丈夫です。きっともうすぐ来るので。」
こんなに優しくされることなどなかったのに、私は嘘をついているという状況に居心地が悪く感じつい視線を逸らしてしまった。男子生徒は私が目を逸らしたことに気づいたのかさっきよりか鋭い目で見てきた。
「本当に?もしかして迎えも嘘とかない?ていうか迎えだとしても校門まで行けばよくない?」
嘘がバレてしまうかもしれないということと正論を言われたことに肩を揺らした。夜を撫ぜる風が2人の間を通り過ぎた。黙るばかりで返事をしない私に痺れを切らしたのか、
「送ってあげる。どうせ迎えも来ないんでしょ。」
疑問形ではなく決めつけるように言った。
「そこまでしてもらうのは…。別に1人でも帰れますし。」
そう言ったにも関わらず
「1人で帰れないからここにいるんだよね?」
と即答される。
また言葉に詰まっていると男子生徒が自己紹介を始めた。
「月宮夏樹。高3。」
よろしくとだけ言って私に自己紹介を促した。
「星野一沙です。高2です。」
やっぱり先輩かと思いつつ私も自己紹介をした。
「後輩か。とりあえず帰ろう。家どこ?」
「そこまでしてもらうわけには…!」
「はい、いいから行くよー。」
私のいうことなど聞かないというようにさっさと歩いていってしまった。
先輩と帰ることを逃したら私は今日は帰れないだろう。仕方なく先輩の元へ駆けて行った。
月宮先輩は私の歩幅に合わせてゆっくり歩いてくれていた。
「あの、月宮先輩…先輩も部活帰りで疲れてるだろうからほんとにここまででいいです。迷惑かけられないです。」
私の家は学校から徒歩で20分の所にある。今は約5分ほど歩いたところだった。
そこでようやく先輩も部活帰りだったことを思い出して声をあげた。
「夏樹。」
「え?」
「夏樹でいいよ。名字とかよそよそしいじゃん。」
月宮先輩、改め夏樹先輩は立ち止まり私の目を見てそう言った。
「夏樹…先輩…」
「うん。あと別に迷惑じゃないよ。俺が勝手にしてることだから。」
名前を呼ぶと嬉しそうにニカッと笑った。
その笑顔に思わず胸が高鳴るが、頭をブンブンと振ってその感情を否定する。
その様をみていた先輩は頭にハテナを浮かべつつまあいいかと呟きまた歩を進めた。
家に着くともう7時を回るところだった。太陽が高くなったとはいえまだ5月半ばなので7時にもなると辺りは真っ暗になる。いつもより夜に怯えず帰れたこと、いつもより帰るのに時間がかかってしまったことに疑問を覚えつつ先輩にお礼を言おうと前を向いた瞬間強く風が吹いた。思わず目を瞑って風が収まるのを待っていた。
ようやく風が収まり目を開くと夏樹先輩は整ったサラサラの髪の毛を抑えながら空を見上げていた。なんだか自分が一人にされたような気がして夏樹先輩、と声をかけた。
こちらに目を向け微笑むと、なに?と一言返してくる。
「なんでもないです…。」
「そっか。」
「あの!今日は、その、ありがとうございました。おかげで無事家まで帰れましたし、」
モゴモゴと口篭りながらお礼を言うと先輩はフハッと声を出して笑い始めた。その姿によく分からないけど私まで笑えてきて玄関前でずっと2人で笑っていた。