Shine Episode Ⅱ


「でも、私たちが資料室にいるって、よくわかりましたね」


「おまえの声が聞こえた」


「どこで聞こえたんですか?」


「図書室のマイクからだ」


「そんなマイク、ありましたか?」


「俺が変な会話を聞いてるといって、おまえ、俺を変態扱いしただろう」


「変な会話って……あっ、情事の」



籐矢が聞いていた男女の声はあられもないもので、そんなことまでしているのかと不機嫌になった水穂へ、これも任務だと説明したことがあった。



「そうだ。盗聴器を仕掛けたのかと、俺を責めただろう」


「でも、あれって図書室でしたね。私がいたのは資料室だったのに」


「でも聞こえたんだよ。経口補水液を持って来いって声が」



柴田が資料室を飛び出す寸前、背中に向かって呼びかけた水穂の大声を盗聴器がひろったのだった。



「シアター楽屋から、そう遠くない場所にいるだろうと探していた時だった。

廊下一本隔てた図書室から声が聞こえて驚いたが、見学者がいる図書室のはずはない」


「それで、奥の書庫か資料室だと」


「うん」



籐矢は水穂の手をとり、手首の紐の跡を癒すように撫でた。



「警戒しながら資料室に近づいたら中から声が聞こえて、見張りは一人だとわかった。

それも、おまえと言い争ってるじゃないか」


「ひろさんが危なくて、必死だったんです」


「飛び込むには格好のチャンスだった。踏み込んで助けに入ったのに、おまえときたら」


「すみません……」



いきなり柴田を擁護する声があり、何事かと思ったと籐矢は苦笑いした。



「でも、彼と約束したので、守らなきゃと思って……」


「手首に跡が残ったな。痛むだろう」


「大丈夫です。すぐに消えます」


「助けが遅くなった。すまなかった」


「いいえ、ちゃんと助けてもらいましたから」



手首に添えられた手に、籐矢の悔いる思いを感じた。

籐矢にとって、大事なふたりを危険な目にあわせてしまったことは、深い傷になっていた。



「ずっと縛られていたんだ。体が辛いだろう、ゆっくり休め」


「それ、本気でいってるんですか?」


「はぁ?」



籐矢の手を外しながら、水穂は務めて元気よくふるまった。



「もうすぐ昼食会じゃないですか。私も仕事に戻ります」


「なっ、なにを言ってる。角田たちの目に入ったらどうなると思う!」



人質が逃げたとわかったら、どんな行動に出るかわからないんだぞと、籐矢は怒りながら水穂へ言い聞かせた。



「そうなるように姿を見せつけてやるんです。私は逃げ出したって、わからせてやるんです。

彼ら、絶対行動を起こすはずです。そこを一網打尽にして」


「そんなに簡単にいくか! おまえなぁ」


「いいかもしれないよ、その作戦。やろうじゃないか」



いつからそこにいたのか、水穂の背後に潤一郎が立っていた。



「柴田が少しずつ話を始めた」


「何かわかったか」


「香坂さんから聞いた、マリアという男が見張っているのは蜂谷だ」


「どこにいる!」


「それは柴田も知らないそうだが、いまマリアの部屋を探させている」



客室の廊下で水穂に声をかけた女が、実は男であり誰かの見張りについていることは、助けられてすぐ水穂が報告したことだ。

それより前に、籐矢たちも角田の留学生仲間について探っていた。

当初、誰が仲間であるかを探っていたが、籐矢の一言から別の視点に切り替えた。



「船に乗り込んだが、見かけない人物をあたってみよう」


「どうやってみつける、容易じゃないぞ」



籐矢の提案に潤一郎は難色を示したが、



「『榊ホテル』 の遠堂君ならわかるかもしれない。彼は何百人もの顔を覚えている」


「ドアマンの彼か……」


「披露宴から今朝の朝食会まで、ずっとホールに詰めていたはずだ。



見かけない顔もわかるんじゃないか」


「聞いてみるか」



なるほどとうなずいた潤一郎と連れ立って、籐矢はドアマン遠堂を訪ねた。

遠堂の返事は明快だった。

乗客名簿を見ながら、「このお二人をお見かけしておりません」 とさっそく返事があったのだった。

ふたりの名は、柴田と相川とわかった。

そのとき居合わせた、近衛ホールディングス秘書の堂本からも耳寄りな情報を得ていた。

細見の女性を見かけたが顔に覚えがなく、誰であるかを遠堂に聞きに来ていたのだが、顔の特徴や姿から堂本が見かけた女が実は男であり、それがマリアこと相川だった。

水穂と弘乃を救出するまでに、籐矢と潤一郎は見張り役の男たちの情報をつかんでいた。

相川と蜂谷の居所は不明だったが、おそらく相川の部屋ではないかと言うのが潤一郎の推理であり、その推理は部屋を確認に行った捜査員からの連絡により、正しかったことが証明された。

たったいま、ふたりを確保したと連絡があったのだった。



「蜂谷と相川の身柄を確保したことは伏せておいて……



香坂さん、目立つようにドレスアップしてください」


「潤一郎!」


「香坂さんの周囲は厳重にかためる。要人警護のツワモノに警備させるから心配するな。

名士がそろった昼食会は、角田たちにとって大事な演奏の場だ。



演奏を投げ出して香坂さんに飛びかかるような真似はしないよ。

彼らの出方を見ようじゃないか」



先々の見通しがあるのだろう、潤一郎は口の端に不敵な笑みを浮かべていた。

< 100 / 131 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop