Shine Episode Ⅱ


二日間にわたって行われた披露宴も終盤にさしかかっていた。

昨夜から近海クルーズに出航していた 『客船 久遠』 は、午後には母港に帰港する。

無事に着岸し、客の下船が完了するまであと数時間、乗客の安全確保のため籐矢たちの努力は続いていた。

披露宴の最後を締めくくるのは、新郎新婦両家主催の昼食会である。

数百人もの招待客が出席し立式で行われた昨日の夜会と異なり、メインホールにて着席で行われる昼食会は、客はいくつかのグループに分かれてテーブルに着くもので、警備側にとっては実にありがたい形式だった。

クルーズ前に招待客の三分の一が船を降りたため、夜会に比べて客の数は少なくなり、全員の着席が可能となった。

中央のテーブルは、両家の父親と主だった親族、加えて父親のごく親しい友人が囲み、両家の母親のテーブルもそれに準じている。

続いて新郎と友人たち男性の席、その横は新婦と友人たちの席、この4つがメインテーブルとなっていた。

メインテーブルの上座には来賓が顔をそろえ、近寄りがたい雰囲気が漂っていた。

国政に携わる議員や企業のトップが居並ぶ席は、一見和やかに見えるが力関係がひしめき合い、何気ない会話ひとつもそれぞれの立場からの発言であり、語られた内容はすぐにでも国政や経済情勢に反映しそうな重要なものだ。

陸を離れた船上ではマスコミの目も届かず、外部に漏れない安心感が活発な論議を生み出していた。

政財界に影響力のある人々が集結した席であると言っても過言ではない。

また、彼らを取り囲むテーブルの他の招待客も、社会において重要な地位にいる人物だったり、新郎、新婦に浅からず関わる人々の集まりである。

皆々常識を十分に備えており、客船の披露宴で語られた事柄を漏らしたり、無分別な行動を起こす不心得な人はいないはずだった。

クルーズ中の客船は外部からの妨害は皆無で、招待客を脅かす存在などあるはずはなかったのだが、危険は内部に存在していた。

見えない敵を警戒しながら、無事に披露宴とクルーズを終了させなければならない。

籐矢と潤一郎は親族でもあるため、新郎と同じテーブルについていた。

父親たちのテーブルには、京極長官や近衛公安部長が座っている。

来賓席そばには要人警護のプロが控えるなど、昼食会に出席しつつも、警備の目を緩めない努力が行われているのだった。

新婦がいるテーブルにいるユリは、新婦の友人の顔で見事に溶け込んでいる。

そつのない会話もたいしたもので、遠巻きに見ていたジュンを唸らせる身辺警護ぶりだった。



「ユリ、ずっと前からの珠貴さんの親しい友人ですって顔してる。

本当は、ぜんぜん接点なんかないのに、たいしたものね」


「ジュンだって、珠貴さんの友人になりきってた」


「まぁね、これくらいどうってことないから」


「ふっ、すごい自信じゃない」



でしょう? と威張る顔も楽しそうだ。

ジュンと水穂は、客から身を隠すようにして昼食会の席を見張っていた。



「そのドレスも、神崎さんのお母さまから?」


「うん……」



水穂のアフタヌーンドレスは、無地のシルクで仕立てられたフォーマル席にふさわしいものだった。

夏の素材であるため手首まで続く袖も爽やかで、手首に残る縛られた跡を、袖口がうまい具合に隠している。

長袖のワンピースは思いのほか体になじみ着やすいもので、ドレス一式をそろえてくれた籐矢の継母の心遣いに感謝するばかりだ。

任務上、動きやすいデザインにしてほしいとデザイナーに無理な要望をしていたが、希望通りに仕上がっている。

走ることを想定したワンピースは裾に余裕のあるデザインで、ノーマル丈ながら裾は全く邪魔にならない。

護身用の武器を携帯したいのだが、それらが目立たないデザインにできないかと申し出た時のデザイナーの驚きといったら、大変なものだった。

驚きながらも水穂の立場を理解して、できる限り希望に添いたいと言ってくれたデザイナーは、神崎夫人には内緒で水穂の願いをかなえてくれた。

携帯した武器が使われないことがもっともよいのだが、もしもの場合に備えている安心感がある。

武器の携帯については籐矢にも知らせていない。

もし知られたら、反対されるに決まっているからだ。



「演奏、もうすぐでしょう?」


「そろそろかな」


「水穂、どのタイミングであの人たちに顔を見せるつもり?」


「演奏が終わったら神崎さんに伝言するふりで近づいて、前方の角田を睨みつけてやるつもり」


「水穂の姿を見たら驚くでしょうね。卒倒するんじゃないかな」


「それが狙いだから」


「そっか……波多野さんには、なんて話したの? 蜂谷理事長のこと」



本来なら、蜂谷廉も加わった弦楽五重奏の予定だった。

角田たちと演奏する予定である蜂谷が姿を見せない事情を、どう説明したのかとジュンは聞いてきたのだった。

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