Shine Episode Ⅱ

薬で眠らされ体が回復していないこともあるが、蜂谷が首謀者ではないかとの疑いも残っているため、捜査本部が監視している。



「ただ体調を崩したと言えば、波多野さんが看病すると言いだしそうだから、蜂谷理事長は親しい女の人が看病してるってことになってるの」


「わぁ……なんか波乱の予感。それで、波多野さん、納得したの?」


「一応ね。でも、青ざめてた」


「そりゃそうだわ。恋人がほかの女と一緒にいるんだから。

かわいそうだけど、今は本当のこと言えないしね」



蜂谷廉と見張り役の相川の身柄を確保したことを、角田たちに悟られないための策だったが、恋人とされる波多野結歌には少々酷なウソである。

あとで本当のことを言うにしても、水穂は罪の意識にさいなまれるのだった。

蜂谷を見張っていたマリアこと相川から角田たちの動きを聞き出し、彼らの目的の一端が明らかになった。

不満だらけの世の中に刺激を与えるために、政財界の重鎮が集う客船で騒ぎを起こす計画を立てたというのだが、目的がいまひとつはっきりしない。

テロを企てていたのかとの籐矢の問いかけに、そんな大それたものではないと返答したのは、水穂をとらえていた柴田だった。

彼らが起こした騒動は、爆発物を装った不審物の設置や、警備をかく乱させる誘拐と盗聴による機密情報の搾取で、招待客へ直接危害を与えるものではなく、いまのところは警備側を引っ掻き回すだけにとどまっている。

本当の目的は何か、それを突き止めなければ乗客の安全は守れないのだが、見張り役が知らされている情報はあまりにも少なかった。

「あのひと」 と言うのは角田ではなく、指示を送ってくる人物がほかにいることがわかったが、誰であるかは不明である。

京極虎太郎が客室廊下で見つけた不可解な楽譜にしても、なぜそこに落ちていたのか説明がつかない。

さらには、リヨンの事故現場で回収したバイオリンケースから見つかったメモの数字の羅列も、客船の披露宴の日時を示すものということはわかっているが、 直接騒動には結びついてはいないのだ。

角田たちの最近の行動を調べ上げた栗山の報告によると、彼らの誰もこの一年以内国外に出かけていないことが判明した。

では、籐矢が追いかけているテロ犯と角田たちは無関係なのか……

断定できない事柄ばかりではあるが、こまぎれの情報を集約すると、不明な事柄につながる人物が一人浮かび上がってくる。

籐矢と潤一郎は、それが井坂匡ではないかと睨んでいた。

井坂はリヨンで籐矢に接触し、客船の披露宴に合わせたように帰国していた。

蜂谷財団のヨーロッパ事務所の管理者であり、留学生に深くかかわっている。

もっとさかのぼれば、不可解な楽譜を解明するために訪れた音大で、小松崎教授の助手として働いており、そのときすでに籐矢と顔を合わせていた。

決め手はないものの井坂への疑いを濃くした籐矢は、彼を見張るように同じテーブルに座っているのだった。


昼食会が始まる直前、小さな事件が持ち上がっていた。

安曇船長から、絵が一枚不明になったと報告があったのだった。

船長就任から毎日乗船し船内を見回っていた安曇船長は、船の設備だけでなく、備品や調度品、美術品も確認していた。

どんな彫刻がどこにあるのか、どれくらいの大きさの絵がどこに飾られているか、船長の頭は正確に記憶していた。

不明になった絵というのは、喫茶室前の廊下に飾られていた一枚で、一号ほどの小さな油絵は無名の画家の作で、客船を飾る絵にしては地味な絵である。

朝焼けが描かれた素朴な絵が好きで毎日眺めていたのに、どこに行ってしまったのかと船長は残念そうだった。

残念な思いは絵の紛失というだけでなく、誰かが故意に持ち去ったのではないかと思われることにもある。

それは客なのか、客船の乗務員なのか、船長にとっては大問題だった。

造船されてから今日まで何人ものオーナーが変わった客船は、売却が決まると内部もそのまま次のオーナーに引き継がれてきた。

絵画だけでなく小さな備品に至るまで、造船されたときそのままで売買されてきたのだ。

クーガクルーズが購入後披露宴が行われることが決まり、調度品の一部とカーテンなど備品の入れ替えがあったが、美術品はそのままである。

中には有名な画家の絵画もあり、そちらが紛失したならわかるが、なぜあの小さな絵が……と不思議に思ったのは安曇船長だけではなかった。

潤一郎の指示により、昼食会の開始と同じくして美術品の調査が行われていた。

昼食会は着席式であるため名簿が作成されており、欠席者がいないことは、『榊ホテル 東京』 のドアマン遠堂によって確認済みだ。 

ホールには要人警護の民間の警備員を配置し、手のあいた少ない人数を束ねて調査しているのは、密かに警備の応援で乗り込んだ栗山だった。

すべての客がホールに集う昼食会は好都合で、紛失事件があったと客に悟られることなく、船内をくまなく見て回ることができる。

昼食会が始まって一時間ほどたつが、現在三枚の絵画が紛失しているとの報告があった。

いずれも小さな絵で、資産価値はあまり期待できないものばかりである。

一号サイズの絵を残らず確認するようにと潤一郎が指示した数分後、一号サイズの絵はほとんど紛失しているとの報告があった。



『一枚だけ無事でした。メインホールから離れたバーラウンジ前の、ロビーに飾られていたものです』


『一枚だけですか』


『はい、そのバーは、昨夜のみオープンしていたそうです』


『バーの営業時間を調べてください。それから……』



絵の中を確認するようにと言おうとした潤一郎より先に、栗山から機敏な声が聞こえてきた。



『額の内側から、古い切手が5枚発見されました』



古い切手と聞き、潤一郎の顔色が変わった。

栗山へ引き続き調査を行うよう指示を与えると、続いて、もうすぐ演奏が始まる旨を水穂に伝えた。



「忙しそうだが、問題でもあったのか?」


「問題なんてないよ。たいしたことじゃない。


「お客様の紛失物をスタッフに探してもらった、その報告だよ」



連絡のために席を外し戻ってきた潤一郎に声をかけたのは、新郎の親友である狩野剛だった。

『榊ホテル 東京』 の副支配人でもある彼は、ホテルマンの目線で気がつくことがあったようである。

狩野の鋭い問いかけに無難に返しながら、井坂の視線を感じていた。

さりげなく注がれる視線に気づかぬふりで、潤一郎は軽い会話を心掛けた。


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