Shine Episode Ⅱ
そんな水穂の素直さに自分は惹かれたのだったと、栗山は過去を振り返っていた。
「おまえは馬鹿か」
「はぁ?」
「罪の意識で絵を戻しただと? それならどうしてここを見張る必要がある。
もう少し考えてから意見を言え」
「あっ……そうですね。あーっ、またバカって言った! 私はですね、そう思ったから言ったんです。
神崎さんみたいに、誰でも彼でも疑ったりしないんです」
「俺と潤一郎が、ここに張り付く意味を考えろ。だからおまえは」
「籐矢、そのくらいにしておけ」
水穂は膨れた頬で籐矢を睨み付け、籐矢は不機嫌そうにそっぽを向いた。
変わらぬやりとりを目の前で見せられ、栗山は苦笑するしかなかった。
栗山の前で水穂が感情的になることはなく、すねた顔をしたこともなかった。
過ぎ去った恋を思い出し胸の奥が僅かに軋んだが、感傷に浸っている場合ではない。
栗山は3人へ収集した情報説明をはじめた。
「紛失したほかの絵のほとんどが、人気のないところに飾られていました。
昨夜持ち去られたようですが、船長以外に気がついた人はいませんでした。
もとに戻されてもわからないはずです。
では、どうしてここの絵だけが無事だったのかですが、昨夜、この近くで個人的なトラブルがありました。
トラブルと言うより内輪揉めで、バーの開業時間間際までもめていたそうです」
「わかった! 人がいたから絵を盗むことができなかったんですね。
バーは朝まで開いていたはずです。
午前中は人目があるし、昼食会の間は動けない。動くなら、昼食会が終わった今ですね。
誰がくるのか、ここで見張って取り押さえるつもりですね!」
水穂の返事に、潤一郎は満足そうにうなずいた。
「そんなに貴重な絵なんですか?」
「絵はそれほどでもないよ。中に入っているものが重要なんだ。あの絵の裏から切手が見つかった」
「見せてください」
潤一郎に言われ、栗山は胸ポケットからクリアケースをとりだした。
切手と聞いて水穂は、先ほど以上に不可解な顔をしたが、潤一郎は大層驚き、籐矢は ”かの国か” と感嘆の声をもらした。
額の裏側に切手が数枚はさまれていた。
「国が崩壊して、新たに建国した頃発行された切手です。
発効後印刷ミスが見つかり回収されましたが、一部はコレクターの手元に残りました。
現在の価格を調べたら、この1枚で一千万円以上の価値がありますね」
「一千万円ですか!」
思わず大声を出した水穂は、あわてて手で口をふさいだ。
「5枚で五千万か、それ以上だな」
「ほかの絵にどんな切手が隠されていたのかわかりませんが、おそらく希少切手でしょう。
それこそ莫大な資産価値があります。億はくだらないかと」
「持ち運びに手間はない、おまけに見つかりにくいときている」
「仮に切手を百枚手に入れても、仲間で分ければ持ち出しも難しくないね」
水穂の想像を超えた事件が起こっていた。
取り損ねた一枚を必ず取りに来るはずだと言われ、そういうことかと納得できた。
「絵って、この客船の物ですよね。前の持ち主が隠したんでしょうか?」
「誰が隠したのか。いまはまだ不明ですが、この客船にはとてつもない財産が隠されているのではないかと言うことです」
「客船に切手が隠されているのを知っていた人物がいるんですね。
それを狙って……切手が見つかったのは1号サイズの絵だけですか?」
他の絵には切手は隠されておらず、その他の美術品にもそのような仕掛けはなかった。
「テロじゃなくて、窃盗団が乗船していたなんて……」
「テロが起こらないとは言い切れない。無駄な騒ぎが多すぎる。
これから何かが起こるとも限らない」
「絵を盗みにきた人物を捕えれば、なにかわかりますね」
水穂の問いに無言でうなずいた籐矢の目が光った。
廊下の奥へと視線が移り、口に指をあて静かにと伝えてきた。
視線の先をたどった水穂は、絵の前に立った人物を見て息をのんだ。
周囲に気を配りながら絵に近づいたのは、別室で休養しているはずの蜂谷廉だった。
誰が現れるのか、おおよその予想はしていただろう籐矢と潤一郎も驚いた顔をしている。
仲間割れで薬を飲まされて寝かされたのではないかと捜査側は考えていたのだが、あの姿は偽装だったのか。
しかし、偽装とは思えないほど深い眠りだった。
薬で睡眠時間を操作していたのか……
息をひそめて蜂谷の背中を見つめる4人は、それぞれに疑問を抱えていた。
蜂谷は単独で、仲間がいる様子はない。
今にも飛び出しそうな水穂の腕は、籐矢の手によってつかまれていた。