Shine Episode Ⅱ


掲示板の隙間から見える蜂谷の動きを、籐矢たちは注意深く見守っていた。

目の前に容疑者がいるのに、籐矢も潤一郎もなぜ捕えようとしないのか、いますぐにでも捕まえられるのにと水穂はじれったい思いでいたが、微かに聞こえてきた足音を感じ取り、前のめりの気持ちと体をゆっくり後ろに引いた。

絵の前にいた蜂谷も人の気配に気がついたとみえ、バーラウンジ脇に身を隠した。

やってきたのは角田と仲間たちだった。

彼らの後方には尾行してきた水野が控えている。

静まり返ったロビーに集まった人数は10人にもなっていた。

これから何が起こるのか、期待と不安で水穂の胸の鼓動は大きくなっていた。

角田の合図で仲間のひとりが壁から絵を外し、その場で額がはずされたが、覗き込んだ顔が強張った。



「ないぞ」


「よく探せ」



切手を探すことに必死になっている彼らには、背後から近づく蜂谷の足音は聞こえなかった。



「探し物は見つかったか」



背後からの人物の出現に、4人の男たちの体は大きく反応した。



「どうしてここにいるんだと言いたいようだね。僕に何を飲ませた!」



3人は蜂谷の勢いにひるんだが、角田は見返した。



「ノンアルコールのカクテルですよ」


「ノンアルコールなものか。眠らされて、起きたら昼食会は始まっていた」


「俺たちのグラスと間違えて渡したのかな? 



酔って目が覚めないなんて、よほどお疲れだったんですね。

そうだ、昼食会の演奏は無事に終わりましたから安心してください」



五重奏を4人でやったのかと顔をしかめる蜂谷へ、誰も自分たちの演奏なんて聞いてませんよと角田が返す。



「蜂谷理事長は体調不良ってことにしておきました。二日酔いって理由よりいいでしょう?」


「酒くらいで半日寝たりしない。薬を入れて飲ませただろう」


「そんなことしませんよ」


「手首に縛った跡があった。僕が起きたら困るから縛ったんだな」



角田たちは顔を見合わせ、バレたのか、じゃぁ認めますと言うが、悪びれた様子はない。

どうしてこんなことをしたのかとの蜂谷の問いかけに、何も知らないんですねと薄ら笑いを浮かべた。



「蜂谷理事長、本当に気がついてないんですか? アンタの財団が利用されてるのに」


「利用されてる?」



詰め寄る蜂谷と鷹揚に応じる角田の様子を、掲示板裏に身を潜める籐矢たちは息を殺して見守っていた。

仲間割れではないかと潤一郎は睨んでいたが、蜂谷は角田たちにとって邪魔な存在のようである。



「アンタのおじいさんの大事な財団は ”あのひと” が牛耳っているんですよ。

なにも知らないってのは、ある意味幸せだな」


「財団でなにが起こってるんだ? 知ってることを教えてくれ!」



角田に詰め寄った蜂谷は、問い詰めるというより懇願した顔だった。

祖父から受け継いだ財団でなにが行われているのか、理事長としては見過ごせない。

掲示板裏の籐矢たちも耳をすませた。



「いいですよ、教えてあげますよ。

財団に所属する留学生を使って、武器の部品を海外に運ばせて不正取引をしていたんですよ。

”あのひと” の言う通りにしていたら、俺たちも知らないうちに運び屋にさせられていた。

大事な財団が密輸団の隠れ蓑だったとは、理事長もショックでしょう」


「密輸……学生が運び屋……」


「留学先と日本を往復するときに運ばされた。けど、学生は知っちゃいない。

楽器ケースに細工されてたなんて、誰も気がつきませんからね」


「君はどうして気がついた」


「俺たちは選ばれたんですよ。

そして ”あのひと” に見込まれて、新人を誘い込む仕事を任された。

世の中を変えてやろうっていう計画を聞いてワクワクした。

すごいことを考える人がいるんだと感動したね」



腐った世の中を変えるためには大改革が必要だ。

まずは壊すことから始めなければならない。

徹底的に壊して、それから作り上げる、それには膨大な資金がいるのだと、角田は仲間と一緒になって熱弁した。

水穂の頭を無差別テロの文字がよぎる。

各国で未遂に終わった事件や、一連の大使館のテロ予告にも蜂谷財団が送り出した留学生が関わっていたのか。

もしそれが事実なら、籐矢がずっと追いかけてきたテロ犯がこの中にいるということだ。

絶対に逃がさない、必ず捕まえてやる。

水穂は高ぶる気持ちを握りこぶしに込めた。

そのとき、籐矢は水穂と異なることを考えていた。

蜂谷の問いかけに、ある意図的なものを感じていた。

もっとも角田の方は気がついていないのか、何も知らなかっただろうと言わんばかりに、蜂谷へ自慢するように語っている。

蜂谷の巧妙な質問に、落とし穴があるとは気がついていない。

角田が ”あのひと” と何度も口にしているのに、それは誰かと聞いてこない蜂谷を不審に思わず、蜂谷の巧みな誘導で情報をしゃべらされているのだ。

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