Shine Episode Ⅱ


籐矢は蜂谷の言葉の裏を探ろうとしていた。

潤一郎もまた会話に潜んだ罠に気がつき、蜂谷が角田からどれだけの情報の引き出すのか注意深く聞いていた。

しかし、蜂谷が敵か味方か、籐矢も潤一郎も判断しかねていた。



「そんなことでテロの手助けをしたつもりか?」


「テロじゃない! 正義だ」


「正義だか何だか知らないが、君たちは資金稼ぎに使われただけじゃないか。

そんなことにも気がつかないのか」



蜂谷の容赦ない指摘に、角田の顔に怒りがにじんだ。



「そうだよ、だから ”あのひと” の言うことには従わない。

俺たちの手で世の中を変えてやろうと思っていたのに、使いっ走りばかりだ。

危ない橋を渡って、いいように使われて、いつか切り捨てられるんだ。

そうなるまえに、こっちから切ってやる」


「そうだ、そんな連中とはすぐに手を切るべきだ」



はぁ? なに言ってるんだアンタと、角田が呆れ顔になり、仲間と顔を見合わせ鼻で笑っている。

物陰からじっと様子をうかがう水穂には、彼らの笑いの意味がわからなかった。

籐矢を見上げるが、前を見たまま身じろぎもせず、潤一郎も目の前の会話に集中していた。



「仕返ししてやるんですよ。俺たちの力を見せてやる」


「正体もわからない相手に、どんな仕返しをするつもりだ」


「”あのひと” に渡す金をいただくんですよ。俺たちをパシリに使った仕返しだ。

今度だって、説明もなく絵を持ってこいと言われた。

小さいが価値のある絵だから持ち出すのかと思ったら、絵は元の場所に返せと言うじゃないか。

なぜそんなことをするのか疑問に思わない方がどうかしてるよ。

絵に仕掛けがあるんじゃないかと思った。だから、二枚目を渡す前に額の中を見た。

そしたら何が出てきたと思います? 古い切手ですよ。

切手シート一枚分、なんだそれがどうしたと思うでしょう。

調べて驚いた。海外の切手コレクターが血眼で探してる切手シートだったんですからね。

いくらだと思いますか? アンタには想像もつかないだろうな」



それまで角田の話を黙って聞いていた蜂谷が、フッと鼻で笑った。



「あっ、その顔、馬鹿にしてるでしょう。

たかが切手シートだと思ってますね。聞いて驚かないでくださいよ。

いや、驚いてもらおうかな」



自慢顔で切手の値段を口にしようとした角田よりも先に、蜂谷が口を開いた。



「日本の取引価格が一枚二千万円だ。欧米のコレクターの間ではもっと高い値がついている」


「どっ、どうして知って……」


「彼に渡したのは一枚だけなんだな? ほかの絵に隠された切手はどうした。

角田君が持っているのか。なぜ福井マネージャーに渡さなかった。君たちが持っているべきものじゃない」



蜂谷の返事に、一斉に彼らの顔色が変わった。

福井マネージャーと聞こえると男たちは小さな悲鳴を上げ、角田の唇も震えはじめた。



「切手を売って得た金で遊ぶつもりだろうが、そう上手くはいかないぞ」


「どっ、どうしてだよ。いい加減なことを言うな……」


「切手をどこに持ち込むつもりだ。

君らもネットの売買が危険だと言うことくらいわかってるはずだ。

切手専門のショップか収集家か、そんなところだろうが、コレクターでもない学生が持っているだけで出所を疑われる。

市場に出回ることのない希少切手を預かったショップはどうすると思う? 

警察に通報するんだよ。君たちは現金を手にすることなく捕まるのさ」


「うっ……」


「福井君に任せておけば、間違いなく処理してくれる。

それは君たちの手に負える代物じゃないんだぞ」



掲示板裏の籐矢と潤一郎も、マネージャーの名前に大きく反応していた。

福井は久我会長へステッキの先を向けてきた人物だったのだ。



「理事長、アンタもグルだったのか」


「グルと言う表現は正しくないね」


「どういうことだよ……」



角田と蜂谷の力関係が逆転しようとしていた。

蜂谷の言葉の意味を読み取った籐矢と潤一郎の顔に険しさが加わった。



「君たちに指示を与えていたのは僕だよ」


「ウソだ! みづきが連絡役だった。あの人の言葉を伝えて……

えっ、”あのひと” がアンタだったのか。みづきはアンタの手先?

まさか……薬を飲ませたのも彼女だ。俺たちの言いなりだった。そんなはずない!」


「僕に薬を飲ませたのは、君たちに逆らわない方がいいと思ったからだろう。

確かに彼女は僕の指示を君たちに伝えていたが、詳しいことは何も知らされていない。

単なる連絡役にすぎない。君たちが見張り役に使っていた相川君や柴田君のようにね」



君たちは小さな駒にすぎないのだと、蜂谷は高飛車に言い放った。

蜂谷と角田の立場は完全に逆転していた。



「角田君、君が反逆者になろうとしていたことも、とっくにわかっていたよ。

君たちを見張るために僕も演奏に加わったのに、薬で眠らされたのは不覚だった。

もっとも、僕を助ける仲間はほかにもいるし、僕がいなくても計画は進むことになっている」


「俺たちが知らないことがあるのか。えっ? なんだよ!」


「君たち4人がメインで動いていると思っていたとはね」


「ほかにもいるのか? 誰だ」


「考えればわかるはずだよ」



蜂谷はわざと答えを焦らした。



「誰だ……おまえらも考えろ」



苛立つ角田は仲間を叱りつけた。

あっ、と大きな声を出した男が叫ぶ。



「『黒蜥蜴』 だ!」 


「そうだ。俺たちに切手を集めさせて、『黒蜥蜴』 は何をしてる。

あっ、ほかにも隠し財産があるんだな?

奴らにそっちを任せたのか。切手より価値のあるものか!」


「さぁね」


「『黒蜥蜴』 のほかにも仲間がいるのか」


「どうだろう」 



蜂谷がニヤリと笑う。

下っ端に教えることはないとでも言うような顔だった。

事件を企てたのは蜂谷だったとは……

驚愕の事実に水穂はたじろぎ、栗山も動揺を隠せないのか目が落ち着かない。

籐矢と潤一郎は、むしろ蜂谷の話を聞き確信を得た。

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