Shine Episode Ⅱ
潤一郎は次になすべきことを考えていた。
昼食会の場で 『黒蜥蜴』 のマネージャーを捕えた時点で、楽団のメンバーの行動も制限した。
だが、暴行を働いたのはマネージャーであって 『黒蜥蜴』 のメンバーではない。
マネージャー以外の者の関与が認めなければ、彼らの身柄は放たれるおそれがある。
次の事件が起こる可能性は大きい。
潤一郎はロビー奥に控える水野に合図を送った。
水野はすべて承知したとばかりに大きくうなずき密かに立ち去った。
蜂谷と角田の応酬は、さらに続いていた。
「女刑事を逃がしたのもアンタか!」
「逃がす? 誰を」
「捕まえた女刑事が逃げ出した。蜂谷理事長、アンタの仕業だろう」
「香坂捜査官を捕えたのか……とんだことをしてくれたね。彼女は優秀な捜査官だ。
そして、香坂水穂が危険な目にあえば神崎が黙っていない。
神崎を怒らせたらどうなるか、君たちの行動がどれほど無謀だったのか思い知るだろう。
それにしても、君たちはどこまで無能なんだ。
僕たちに従っておけば、こんな失態はなかった」
蜂谷廉がすべてを仕切っていた人物だと蜂谷自身が認める供述があったが、このエリアに監視カメラはない、盗聴器も仕掛けられていない。
ボイスレコーダーを持っていればと、水穂は悔やんだ。
「これでわかっただろう。切手を渡しなさい」
「嫌だ」
「渡しなさい!」
「これ以上アンタたちの言いなりはごめんだ。三枚の絵から数十枚の切手が出てきた。
価格は一億以上だ。蜂谷理事長、アンタが持ってる切手を渡してもらおうか」
「僕が持ってる切手? 僕は一枚も持ってない」
「とぼけるな、この絵の切手を取ったのはアンタだろう! この絵に切手はなかった。
俺たちより先にここにいたじゃないか」
「僕じゃない」
「じゃぁ、誰が取ったっていうんだよ。アンタしかいないだろう」
潤一郎の目が素早く動き籐矢とうなずき合った。
栗山を加えた3人が飛び出す態勢を整える。
水穂もそれに続こうとして籐矢の手に抑えられた。
どうしてですか! と目で訴えるが、ここにいろ! と無言で返された。
角田が蜂谷に掴みかかったと同時に、籐矢たちは掲示板から飛び出した。
掲示板の裏で待機する水穂は、大きく目を見開いて状況を観察していた。
籐矢たちの動きは、打ち合わせをしたごとく見事な連携だった。
角田と仲間たちの前に立ったのは潤一郎で、言葉で動きを抑え込んでいた。
潤一郎へ襲いかかろうとしたひとりを、背後から栗山が取り押さえた。
籐矢は蜂谷と向かい合っていた。
素手と素手の勝負なら籐矢に勝算がある。
しかし、蜂谷の手には鞭が握られていた。
両手で巧みに操られる鞭は蛇のようにしなり、籐矢の動きは封じられていた。
「護身用に携帯していたが、役に立ったのは初めてですよ」
「逃げられると思ってるのか」
「捕まるわけにはいきませんから」
客船はまもなく着岸する。
逃げる算段が整っているのか、籐矢と向かい合いながらも蜂谷は不気味なほど落ち着いていた。
さっきの言葉どおりなら、客船内部で危険な計画が進んでいるということだ。
籐矢をここに足止めして、蜂谷の仲間が客船と客を危険にさらそうとしているのか。
早く決着をつけて捜査本部に知らせなければと、籐矢は焦った。
鞭をかわそうとするが、気持ちばかりが前に出て籐矢が踏み出す足や手はことごとく叩かれた。
スーツの上着を脱ぎ、振り回しながら鞭に対抗していたが、思うように上着を扱えない。
棒一本でもあれば……
籐矢が叶わぬ願いを胸に浮かべたとき水穂の声がした。
「神崎さん!」
投げられたのは特殊警棒だった。
ごく細身の警棒は長さ20センチにも満たない短さだが、伸ばせばその三倍以上にもなる。
水穂がドレスに忍ばせていたものだ。
受け取った籐矢は警棒を素早く伸ばした。
しなる鞭を払いながら、籐矢は決めの一手を探っていた。