Shine Episode Ⅱ
「つき合わせてすまなかった」
「そんなことありません……素敵な方ですね、おばあさま」
「ときどき記憶が交錯するらしい……びっくりしただろう」
「ちょっとだけ……あっ、でも、そうでもないです」
そうでもないと付け加えた水穂に、籐矢はふっと微笑み 「ありがとう」 と礼を言った。
「神崎さんって、おじいさまに似てるんですか?」
「どうもそうらしい。俺が知っているじいさんは頑固で、一度言い出したら頑として意見を曲げない人だったってことと、白髪頭しか知らないから適当に相槌をうってるだけだ」
「へぇ、そうなんだ」
「なにが ”へぇ” なんだ?」
「頑固なところがそっくりだと思って、それと……ふふっ」
祖父に対しては ”じいさん” と呼ぶところなど、いつもの籐矢が戻ったようでホッとしながら、おかしさが込み上げてきて水穂は必死に笑いをこらえた。
「それと? なんだよ。おい、笑ってないで言ってみろ」
「言えません。ふふっ」
笑いながら走り出した水穂を籐矢が追いかける。
「こら、待て!」
追いつかれるとわかっていながら水穂は一生懸命走った。
ほどなく腕をつかまれうしろから羽交い絞めにされたが、追いかけたわりには水穂を責めるでもなく、抱きしめたまま眼下に広がる景色に目を向けている。
冬の海風が頬にあたり水穂がぶるっと体をふるわせると、籐矢は震えた体を上着ごと包み込んだ。
「おばあさまのところに、よく来るんですか」
「いや、誰もこないときだけだ」
「誰もこないって?」
「いつもはおふくろが来たり、紫子のところの誰かが顔を見せるんだが、今日は法事で誰も来られないからな」
「法事って、神崎さんは行かなくていいんですか?」
「そういったのは征矢に任せてる」
征矢というのは籐矢の弟の名だったと水穂は思い出した。
神崎の家の複雑な事情に思いを馳せながら、ひとりでいる祖母のもとへ足を運んだ籐矢の、普段の顔からは想像できない深い愛情を感じて心が震えた。
抱きしめられた腕の中で体を反転させ、籐矢の腰に手を回して広い胸に顔を押しつけた。
「神崎さんのそんなところ、好きです」
「おっ、おい、急にどうした」
「どうもしません。思ったことを言っただけです」
顔を上げると籐矢の狼狽した顔が見えて、何か言いたそうにしているが口ごもって言葉にならない様子だった。
「答えに困るようなことを言うな……」
「いいじゃないですか、私の素直な気持ちですから。おばあさまに優しい神崎さんを見てそう思ったんです。
どうしたんですか? そんなにあわてちゃって、らしくないですね」
「……好きな女に好きだと言われて、落ち着かない男なんていない」
そう言ってから自分の言ったことに気がついたのか、籐矢は先ほど以上に取り乱し 「いや、今のはなんでもない」 などと懸命に繕っている。
「好きな女って私のことですよね? ねっ、そうですよね?」
「うるさい!」
「聞きました、ちゃーんとこの耳で聞きましたから。ふふん」
「うるさい、黙れ!」
言い返す口をふさがれた水穂は、腕の中でバタバタとおおげさに抵抗しながらも籐矢の懐にいる安心感があった。
乱暴で、なんでもひとりで決めて、すっごいワンマンで、ちっとも優しいことなんて言ってくれないのに、どうしてこの人がいいんだろう……
何度も自問自答したことを、水穂はまた考えていた。
籐矢の心の奥に存在する深い優しさに触れるたびに、ひとつ、またひとつと籐矢への思いが深くなっていた。
栗山さんにちゃんと話さなきゃ……
水穂は曖昧にしてきた栗山への態度に区切りをつけるときが来たと思った。