Shine Episode Ⅱ
12. 真実の鍵
一夜明けた 『客船 久遠』 の船内は静まり返り、いたるところに華やかな宴の名残があった。
披露宴の出席者は騒動があったことも知らず、そのほとんどはクルーズの余韻に浸りながら無事に下船した。
豪華客船のお披露目が披露宴だったことでマスコミにも取り上げられたが、事件についての報道は一切なく、豪華、華麗といった美しい言葉が躍っていた。
水穂は釈然としない思いを抱えたまま会議に臨んでいた。
何が真実で、なにが偽りだったのか、一晩たった今もわからないことばかりである。
それにしても、知らされていないことが多すぎた。
一味は一網打尽だ、事なきを得たとお偉方から言われたが、それは表面上だけのことで、披露宴の裏側は一刻を争う緊迫した状況であったことは事実である。
蜂谷廉が本当の黒幕だったのか、角田の裏切りが事件を複雑にしたのか、プロの演奏家として乗り込んだユニット 『黒蜥蜴』 がこれまでのテロに関係していたのか、など、わからないことばかりだ。
水穂が最も気になっているのは井坂の存在だった。
井坂は事件にかかわっていたのか、白か黒か、はたまたグレーであるのか、それだけでも教えてくれと昨日籐矢に詰め寄ったが、返ってきたのは水穂が欲しい言葉ではなかった。
「腕に傷があるようだな、ちゃんと手当してもらえよ。
今日はそのまま家に戻れ、家族も待っているだろう」
「これくらいたいしたことないです。それより井坂さんのこと、教えてください」
「傷跡が残ったらどうする。これ以上傷を増やすな、俺の心配も増える」
水穂の腕をつかんでいた手とは反対の籐矢の手が、水穂の脇腹にそっと触れた。
そこには拳銃で撃たれた跡がある。
水穂を危険にさらしてしまったと、いまだに後悔を口にする籐矢の気持ちを考えると、それ以上のことは言えなくなった。
「神崎さんはどうするんですか。まさか、マンションに?」
「ひろさんの手料理を味わってゆっくり過ごすつもりでいたが、そうもいかなくなった。
ひろさんの病院に顔を出して、それから家に帰るつもりだ。親父の体調も気にかかるからな」
水穂とともに人質となっていた弘乃は、幸い外傷はなかったが心身の疲労が激しいため病院に搬送された。
それこそ、大丈夫である、これくらいたいしたことはないと、水穂と同じようなことを言っていたが、籐矢の強い勧めで入院を承知したのだった。
「本当に帰るんですね? 家に帰ると言いながら、私に内緒で近衛さんたちと会うなんてこと、ないですよね?
捜査の報告会議なら私もでます」
「会議なんてものはない。さすがに今日はみんなお疲れだからな」
「本当ですか? 実はこうだった、こんなことがあったんだって、限定メンバーにだけ知らされるとか」
「はぁ? 限定メンバーって誰だよ。そんなに俺の言うことが信用できないか」
「そうじゃありませんけど……実際事件が起こったんですよ、報告会議を開くのが普通じゃないですか。
だから何かありそうで」
「考えすぎだ。潤一郎もそれどころじゃない。
兄貴の結婚式のあとだ、挨拶やら後始末やらに追われてるよ」
「ですね……余計なこと言ってすみませんでした。
神崎さんも、目をちゃんと診てもらってください。絶対ですよ」
「わかった、わかった。早く行け」
わかったと繰り返す籐矢を不自然だと思いながらも言葉に従うしかなく、水穂は久しぶりの家に帰ったのだった。
家では母と弟の圭祐が水穂の帰りを待ちわびていた。
リヨンへ赴任してから初めての帰国であり、家に帰る嬉しさがあった。
弟の圭祐からはICPOの任務についてさまざまな質問があり、同じ職業に就く者同士話は尽きず話し込んだ。
そこへ母親が横から話に割り込み、披露宴はどうだったかとあれこれ聞いてくる。
水穂は弟と話しながら母の話にも付き合う忙しさで、久しぶりの家族との歓談は真夜中まで続いた。
歓談だけにとどまらず、披露宴で着たドレスを着て見せてほしいという母のリクエストにも応えることになり、ドレス姿を披露し、水穂の晴れ姿を見た母が感極まる一幕もあった。
日付が変わった頃帰宅した父親は、ドレス姿の水穂の出迎えを受け、目を細めながらも 「今日はごくろうさん」 と、ふたりだけに通じる言葉をかけてきた。
父の遅い帰宅は、客船で起こった事件に関係しているのではないかと考えたが、母や弟の手前、その時は言葉を控えた。