Shine Episode Ⅱ


借りてきた父の車は年代物だが、手入れが行き届き足回りも良好である。

水穂の車好きは父譲りで、今では珍しいミッションのギアを巧みに操り、曲がりくねった首都高をほどよいスピードで走り抜ける。

目的地近くのインターで高速を降り、車を止めた。



『私です』


『おう、どうした』


『神崎さん、マンションにいますね』


『いるよ、それがどうした。あぁ、わかったぞ、俺の隠密行動を探ってるのか』


『そんなこと、とっくに知ってます』


『はぁ?』


『これから行きますから、カギ、開けといてください』


『これから? ここに来るのか? おい、今どこにいるんだよ』


『マンションのすぐ近くです。そんなにあわてて、部屋に美女でもいるんですか?』


『バカ! そんなのいるわけないだろうが』



籐矢の怒鳴り声が電話から聞こえて、水穂はなぜか嬉しくなった。

いまだに聞かされていない事件の詳細を籐矢に問い詰めるつもりで、ここまで走ってきたが、そんなことより、いまは籐矢の顔を見たくてたまらない。

電話口で怒鳴りつづける籐矢へ 『すぐいきます』 と返し、車のキーを回した。

エンジンがブルンと唸りを上げる。

スタートボタンでエンジンが始動する最近の車は、どうも好きになれない、この感覚がたまらないのだと思うのは、レトロな車に乗った時にいつも感じることだ。

都会の喧騒から離れた一角に建つ籐矢のマンションに、これまで何度も訪れた。

初めて来たのは、籐矢がICPOから警視庁に戻ってきたばかりの頃で、頼まれた書類を届けるためだった。

セレブリティな趣があり、およそ平凡な警察官が住むようなマンションではないと思った記憶がある。

セキュリティーも万全で、簡単には入ることのできない入口に立つたびに緊張した。

慣れた動作でマンションに入り、籐矢の部屋を目指す。

上階の角の部屋へたどりつき、一呼吸おいてドアに近づいた。

手を伸ばそうとした瞬間ドアが開き、籐矢が姿を見せた。



「早かったじゃないか」


「えぇ、まぁ……」


「突っ立ってないで、はいれ」


「はい」



玄関を一瞥し、どこかホッとしながら靴を脱いだ。

女性の影があるとは思わなかったが、先の電話の会話から女性の靴があるのではないかと、ついいらぬ想像をした。

靴をそろえて正面を向き直した水穂を籐矢が見据えていた。



「誰にそそのかされたんだ? 俺が女と会っているとでも言われたのか」


「そんなことないです」


「いま、玄関の靴を探っただろう」


「べつに……」



図星だっただけにばつが悪く、水穂は口をとがらせながら目を伏せた。



「俺が証拠を残すと思うか? 女がいたら、靴くらい隠すさ」


「えっ、じゃぁ」



そんなことをする人ではないと信じているのに、思いとは裏腹にたちまち目が潤む。

必死の思いで籐矢を睨み付けた。



「バカ、誰もいないよ」



鼻で笑ってくるりと背を向けた籐矢へ 「バカは余計です」 と言い返そうとしたが、声がかすれ言葉にならない。

腹立ちまぎれに、目の前の大きな背中をバンッと叩いて、大股で踏み出し籐矢を追い抜いた。

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