Shine Episode Ⅱ


「さらには、内々に事件を処理するために、各関係省庁の方々の力を借りた。

長官の立場にあるからできたことで、続けて行使するわけにはいかない。

任期を残しての辞任は心残りだが、トップとしてのけじめだと言っていた」


「じゃぁ、近衛部長の退任も、京極長官と同じ理由ですか」


「そうだな、似たようなものだろう」


「でも、近衛さんは麻衣子さんと関係ありません」



父の同期である近衛部長を、水穂は幼い頃から知っていた。

役職ではなく近衛さんと名前で呼んだのは、親しみのあらわれだった。



「麻衣子と関係はないが、近衛家の披露宴で起こった事件だ。人ごとじゃない。

近衛さんも、かなり無理をしたそうだ。

近衛家の名前がでることのないよう、マスコミを抑えたんだからな」


「蜂谷理事長の逮捕容疑が、あんなふうに報道されたのも?」


「近衛さんの力だよ。香坂部長も、何もかもご存じだ」


「父が? やっぱり、そうだったんですね……私には、何も知らないって顔だったんですよ」


「今回は、おそらく騒動が起こるだろうと、誰もが思っていた。だから、潤一郎があんなに警戒したんだ。

部長がふたり、どちらも関わるわけにはいかない。近衛さんは、最初から辞める覚悟でいたらしい」


「父は、見て見ぬふりですか」


「知ってて知らないふりをする方が、辛いことだってある。

同期で気心の知れた香坂部長なら、あとを安心して任せられる、そう思えばこその決断だ。

水穂、親父さんの立場もわかってやれ」



ふたりとも前を向きながら、思ったことを相手にぶつけていた。

水穂は胸にある疑問を吐き出し、籐矢は抱えていた秘密を吐露した。

向き合っていたら容易にはいかない会話を、並んで座ることで続けることができた。



「私は……はぁ……」


「どうした」


「父に、どんな顔で向き合えばいいのかと思って」


「普通でいいんじゃないのか、今まで通りで。どこまで知ってるのかと、聞くわけにもいかないだろう。

客船の部屋割りから留学生の関係をつかんで調べ上げたのは、香坂部長だったそうだから」


「えっ、じゃぁ、私と神崎さんが同じ部屋だってことも、父は知ってるんですか?」


「そうだな」


「そうだなって、そんなのんきなこと言って。えーっ! うそっ……」


「うそじゃない、それがどうした」


「だって、親に知られるなんて、嫌に決まってるじゃないですか」  


「いまさら慌ててもおそい。それに、親父さんには何も言われなかったんだろう? 

いい機会だ」


「なにがいい機会なんですか? 人ごとだと思って、もぉー!」


「いや、そう言うことじゃなくてだな……いつかは、その親父さんにも……」



籐矢が口ごもり照れた顔をしているのに、水穂はそれには一向に気がつかない。

呑気なのはどっちだ、まったく人の気も知らないで、これだから色気がないと言われるんだよと、籐矢はひとり胸の中でぼやいた。

そんな気持ちなど知る由もなく、水穂はいつまでも親に恥ずかしいとわめいている。



「うるさい!」


「うるさいってなんですか!」


「うるさいから、うるさいって言ったんだ」


「だって、わっ、うっ……」



籐矢は水穂の頭を引き寄せ、自分の胸に押さえつけた。

苦しい……とこもった声が胸から漏れてきた。



「今夜はもう遅い。泊まっていけ」


「でも」


「まだ、話がある。おまえも聞きたいことがあるだろう」


「でも……」



友人に会うといって出かけた手前、外泊するわけにはいかない。

泊まっていけと簡単に言うが、水穂にはそうはいかない事情がある。



「水野や虎太郎のことや、井坂先生のその後を知りたくないか」


「知りたいです」


「じゃぁ、決まりだ」



おとなしくなった水穂が、籐矢の胸でうなずいた。

知りたいこと、聞きたいことはまだまだある。

すでに真夜中なのだから、話が長引けば朝方までかかるだろう。

話しをしただけで外泊ではない。

ジュンに誘われて朝まで飲んでいたと、親への言い訳も見つけた。



「眠くなったらベッドもあるぞ。俺のベッドだが遠慮はいらない」



突然耳元にささやかれ水穂は、寄りかかっていた胸からさっと離れ、「ここでいいです。眠くなったらここに寝ます」 とソファを指差した。

籐矢にからかわれている、その手に乗るものかと抵抗したのだが……



「汗臭いな、シャワーを浴びてこい」


「えっ、そうですか?」



クンクンと腕を匂っていると、籐矢に浴室へと連れて行かれた。



「俺が洗ってやろうか」


「いいです!」



バンッと両手で押して、籐矢を洗面所から追い出した。



「長い夜になりそうだ」



籐矢の独り言が廊下に響いた。


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