Shine Episode Ⅱ

番外編 ― Episode zero ―



籐矢と水穂がコンビを組んで間もない頃のエピソード


・・・・ ・・・・・ ・・・・・ ・・・・・ ・・・・・


カップにミルクを注ぎ、ティースプーンで軽くかき混ぜる。

カチカチと音をさせずにスプーンを使うことができるのは、しつけが行き届いた家庭に育ったということか。

籐矢は、コンビを組んで間もない香坂水穂の家庭環境を、ティーカップを扱う動作から推し量っていた。



「私、両親も祖父も警察官だったので、何も考えず進路を決めたんですけど……

今頃思うんです、ほかの道もあったのに、どうして考えなかったんだろうって。

学校の先生とか、OLも楽しそうじゃないですか。体育の先生なんて、私に合ってると思いません?」



どう答えたものかと思案していると、水穂は籐矢の返事を待つことなくおしゃべりの続きをはじめた。



「ウチは代々警察関係なんです。

明治からずっとそうらしくて、ほかの道は考えられないというか、そんな雰囲気です。

ほら、医者の家とかそうじゃないですか。医学部以外はダメって、あれと同じですね」



香坂家は代々警察幹部を排出し、輝かしい経歴を残してきた。

現在父親は警務部長、弟も公安部に勤務している。

水穂の言いたいことはわかるが、医者の家を引合いにだして 「同じです」 と言われても、籐矢には返事のしようがない。



「神崎さんは、どうして警察官になったんですか?」



その問いかけは、今日のお昼は何にしますか? とでも尋ねるようにまるで気負いがなかった。

これまで何度も同じ問いかけを受けた。

そのたびに、心の内を明かすことなく言葉を濁してきたが、そのとき、気持ちを偽らずに言葉を吐き出せたのは、

水穂の邪心のない言葉に対し素直になったからであると、 籐矢はのちに思ったものだ。



「親を喜ばせるつもりだったんだがなぁ……」


「ご両親は、神崎さんが警察官になることに反対だったんですか」


「猛反対だ。家業を継げと言われていたからな」


「神崎さん、長男ですか。家業ってどんな?」


「おまえの家と張り合うわけじゃないが、明治創業のガラス屋だ。

俺にガラス屋家業が務まると思うか」


「えーっと、想像できません」


「だろう?」



家業と聞き水穂の頭に浮かんだのは、家族経営の自営業だった。

跡継ぎがいなくては家業が途絶えてしまう、神崎籐矢の家はそんな危機的状況にあるのではないのかと、人ごとながら心配の種が浮かんでいた。



「それで、どうしたんですか」


「警察の試験にも合格した、家を継ぐ気はない、あきらめてくれと頼んだよ。

話し合ってもわかってもらえず、警察庁にいる伯父に親たちの説得を頼んだ。

俺は勘当同然になったが希望は叶った。家は弟が継いだ」


「そんなに警察官に憧れてたんですか。正義の味方ですからね」


「そうだな……」


「あれ? でも、ご両親を喜ばせるために警官になったって、さっき、そう言いませんでした?」


「あぁ……」


「あぁ、って、それじゃわかりません」



煙草を吸ってもいいかと断り 「紅茶の味が変わっちゃいますよ」 と水穂に忠告されながらも、籐矢の胸には一本吸わなければ言葉にできない苦しさがあった。



「俺を生んだお袋は、俺が小さい頃亡くなった。

親父が今の母と再婚して、妹と弟が生まれた。

母は自分が産んだ子どもたちと俺を、分け隔てなく育てようとしたのだろう、弟たちに厳しかった。

それを申し訳なく思う気持ちがあった。

だからということではないが、家業は母が産んだ弟が継ぐべきだと思った」



煙草を口に運んだのは最初だけ、苦しそうに語る合間に煙を吸うことはなく、指先の煙草は灰になって落ちていた。



「お母さんのために身を引こうと考えたんですか……けなげですね」


「だろう?」


「ですね。神崎さんの意外な一面がみえました。人は見かけによりませんね」


「褒め言葉に聞こえないぞ」



あはは、と水穂が屈託なく笑う。

水穂の笑顔に籐矢の気持ちもほぐれていった。

その先の言葉がするりとでてきたのは、やはり水穂のおかげだと思った。



「親父は長男の俺に跡を継がせることにこだわったが、俺がほかの仕事に就けば諦めるだろうと思ったんだよ。

警察官になったのは思いつきじゃない。

警察庁にいる伯父の話を聞いて育ったから、もともとそっちの仕事に興味はあった」


「神崎さんが、サラリーマンとか接客業とかやってるのって、まったく想像つきません。

いらっしゃいませなんて言われたら、店から逃げ出しそうです」



散々な言われようで、これでもかとけなされているのに、水穂の言葉にまったく腹が立たない。

腹が立つどころか、水穂の明るさに籐矢は救われる思いだった。

二本目の煙草に火をつけ、煙をゆっくり吸い込む。

ほどほどにしてくださいねと、籐矢の体を心配する水穂の声へ返事はせず、火をつけたばかりの煙草をもみ消した。

自分の忠告が聞きいれられたと思ったのか、満足そうにうなずいた水穂は、ウチは警察に入って当たり前でしたから、感謝もされなくて……と、

愚痴も交えながら水穂の警察官への道のりが語られる。

ふぅん……と、話に応じながら、籐矢は苦い思い出を振り返っていた。

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