Shine Episode Ⅱ


京極の伯父の勧めもあり、国家公務員一種を受け、警察大学校で研修後、配属となった。

キャリア合格だ、私も鼻が高いと、伯父は自分のことのように喜んでくれたが、父親は籐矢の仕事には関心を示さず、

継母は籐矢が危険な目に遭うのではないかと必要以上に心配した。

それでも、社会人になり独り立ちした長男を見守ってくれる両親の心は感じていた。

大学卒業と同時に家を出た籐矢のために、父親はひとり暮らしには広すぎるマンションを用意してくれたのだった。

おまえのためじゃない、税金対策だと、素っ気ない言葉とともに鍵を渡された。

それは父の親心であろうと感じながら、籐矢は仕方なく住んでやるとばかりに無言で受け取った。

継母は、籐矢の実母が実家から伴ってきた三谷弘乃を、籐矢の家政婦として差し向けてくれたのだった。

本庁勤務となった籐矢は順調に経験を重ねていた。

両親との関係はいつまでも平行線のままで、改善もなければ悪化もない。

それにひきかえ兄弟仲は良く、籐矢は弟や妹の良き相談相手でもあった。

突然の不幸に襲われたのは、妹と待ち合わせた午後のことだった。

その日、妹の麻衣子との約束の時刻に間に合うように出かけた籐矢は、出先でひったくり事件に遭遇した。

たとえ時間外であっても、籐矢にとっての優先順位は、プライベートより事件を追いかけることにあった。

目の前で起こった事件を見過ごすことはなく、籐矢が犯人と思しき人物を追いかけていたその頃、麻衣子は別の事件に巻き込まれていた。

無差別テロだった。

籐矢を待ちながら立っていたその場で起きた爆発で、麻衣子は命を落とした。

両親の悲しみは言葉にならないほど深く、涙に明け暮れる日々だったが、籐矢を責める言葉は一言もなかった。

おまえのせいで麻衣子が亡くなったのだと、父や母になじられ責められたなら、籐矢の出口のない苦しみも、あるいは軽くなっていたかもしれない。

親の反対を押し切って警察官になり、その職務に忠実であったばかりに大事な妹が亡くなってしまったのだ。

継母のためにと思って選んだ道は、両親に果てることのない悲しみを与える結果となった。

それからの籐矢はさらに実家から遠ざかり、両親とは縮むことのない距離を置いたままだ。



「麻衣子が亡くなったのは、おまえのせいじゃない。どうしてそれがわからないのか」


「俺があんな場所に呼び出したせいです。

ひったくりなど追わずに、早く行っていたら、麻衣子は死なずにすんだのに」



まれに父親と顔を合わせても、無言のままでいるか、口を開けば同じ言葉の繰り返しだった。



「だから、そうじゃないと言っているだろう。籐矢、自分を責めるな」


「絶対犯人を捕まえてやる。地球の果てまで追いかけて追い詰める。逃すものか」



一度開いた口は、普段の無口を補うようにしゃべり続ける。



「無茶はやめろ、おまえまで危険な目に遭うんだぞ」


「やめません。犯人逮捕は、俺に与えられた使命ですから」


「これ以上私たちを心配させるな」


「安心してもらうために犯人を捕まえるんです」


「籐矢、何度言ったらわかるんだ。だから警察に入るのは反対だった……」



父親との確執は深く、修復の兆しを見出すことなく今に至っている。

犯人逮捕に全力を傾ける籐矢の姿勢を、父は理解しようとしない。

そんな父の胸中を籐矢もわかろうとしない。

父と息子の間に立つ継母は、どちらの味方もできず辛い立場にいた。

継母を悲しませたくないと思うのに、籐矢が必死になればなるほど、継母の悲しみは増えるのだった。

出口のない迷路に入り込んだ籐矢の心は、ずっとさまよったままだ。



「……ですから、神崎さんも素直になってください」


「すまん、考え事をしていた。で、なんだって?」


「ですから、お母さんは、神崎さんが心を開いてくれるのを待ってるんじゃないですか。

ちゃんと話さなきゃ、話すべきです」



水穂の言うとおりだ。

心を開かなければ何もはじまらない。

自分から一歩を踏み出してみようと籐矢は思った。

その思いが素直に言葉になった。



「そうだな、ありがとう」


「えっ、いえ、どういたしまして……」



唐突に 「ありがとう」 と言われ、水穂の方が戸惑った。

落ち着かない雰囲気を変えようと、振り仰いだビルの上の看板を見て声をあげた。



「神崎光学の看板、目立つところにありますね。さすが大企業は違いますね。

確か神崎光学は特殊ガラスの特許をもって……まさか、神崎って、神崎光学の……」



恐る恐るといったように、水穂が籐矢を見上げた。



「神崎光学が特殊ガラスの特許を持っているなんて、よく知ってるじゃないか。

親父が社長になってから業績を伸ばしている。弟は開発本部の本部長だ。

俺よりよほど向いてるよ、自慢の弟だ」


「あわわ……すみません、そうとは知らず失礼なことを言っちゃって……

あっ、あそこ! バッグのひったくりです」



緩んだ顔が瞬時に険しくなり、水穂は椅子を倒して立ちあがった。

道路向うに自転車が転倒しているのがみえ、その先をバッグを手にした男が走っていた。



「行くぞ」


「待ってくださいよ」



とっさにバッグから千円札を二枚だし、清算書にはさんでテーブルに置いた水穂に感心しながら、

一目散に走って逃げる男を追うために籐矢は走り出した。

通りの街路樹の葉がそろそろ色づき始めていた。



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