Shine Episode Ⅱ

番外編 ― 春の回想 ―



帰国して初めての正月を家族で過ごした籐矢は、居心地の悪い家を早々に飛び出して自宅へと戻ってきた。

帰宅を待ちわびる家族の顔に迎えられ、抱きかかえるように家の中へ連れて行かれた大晦日。

正月料理のほかに籐矢の好物が並んだテーブルを囲むと、継母と弟は矢継ぎ早に質問を向けてきた。

海外の暮らしはどうだったのか、仕事が大変ではなかったのか、言葉や習慣の苦労はなかったのかなど、次々と話しかけられ、そられに答えるため、継母が丹精込めて作った料理を味わう間もないほどだった。

その間、父親は家族の声に耳を傾けてはいたが、とりたてて籐矢へ話しかけることはなかった。

父親が籐矢に告げたのは、京極の叔父に会う機会があったので、何かと世話になったと礼を伝えておいたということだけで、それに対して籐矢は 「ありがとうございました」 と短く返した。

父親と京極の叔父の間で、ほかにどんな話が交わされたのかと気になりながら、それを尋ねることもせずにいたのは、親子の間に横たわる相容れない問題に触れないためでもあった。

継母や弟が、いつも以上に言葉をかけてくるのも、父と籐矢を思いやってのことであり、二人が対立しないように心配りをしてくれたため、年末年始のめでたい席は、とりあえず表面上平穏でいられたのだが……

心の底に沈んだ思いは年月とともに膨らんでいくもので、こぼれた一言から父と息子は鋭い言葉で向かい合うことになった。


「今度の仕事はどうだ。前ほど危険な任務ではないそうだな、良かったじゃないか」


「仕事にいい悪いはありません……」


「それはそうだが、危険が少ないほうがいいだろう。お母さんの心配も減る、それに……」


「叔父さんから何を聞いたのかわかりませんが、俺の仕事は常に危険と隣り合わせです覚悟はあります」


「覚悟か……では、私が言ったことは覚えているな。神崎家の長男はお前だ、その覚悟はどうなった」


「もちろん覚えています。親族の集まりに顔を出せということなら、これからそうします。

従兄弟の結婚式の招待状も届いています。よほどのことがない限り出席するつもりでいます」


「そんなことじゃない……私の跡を継げということだ」


「できません。征矢がいるのにどうして俺にこだわるんですか」


「こだわるんじゃない、それが順序だからだ。物の道理に従うだけだ。おまえこそ、どうして意地を張る。

麻衣子のことはおまえに責任はないと何度も言っているだろう。犯人を追いかけて捕まえたからといって、麻衣子は戻ってこない」


「だからやめろというんですか。追いかけることに意味はないと言うんですか。それなら警察は要らない」


「追いかけるのはおまえでなくてもいいと言ってるんだ。おまえにはやるべきことがあるじゃないか」


「勝手に決めないでください」


「勝手に決めてなどいない。家族を哀しませてまでやることではないだろう。まだわからんのか!」


「そこまでにしてください……」


感情を抑えこんだ声で二人を制したのは弟の征矢で、両の手は父と兄の腕を強くつかんだ。

このような場で、冷静に声をかけることのできる弟こそ、やはり父の跡を継ぐべき人物だと籐矢は思った。

母の悲しみにくれた顔へ黙って頭をさげ、家族だけで過ごす広いリビングから立ち去ったのは元旦の午後だった。



自宅に戻り、鬱々とした二日間を過ごし、仕事で気分転換をはかろうと気合を入れた。

新年早々、忍耐が求められる潜入捜査が仕事始めとなったことは、籐矢にとっては好都合だった。

いつ現れるかもしれない犯人を待つ時間は、自己を見つめ感情を整える時間となる。

新たな気持ちで仕事に向き合うはずだった。



捜査報告後、デスクに戻り浮かない顔で目を閉じた。

スペイン料理店への潜入捜査は、麻薬の取引があると年末に情報が入り、入念に準備していたはずだった。

それなのに、店内で張り込んでいるとき偶然目にした友人に気を取られ、肝心な取引現場を見逃してしまった。

事の顛末を室長に報告すると……


「そんな時もあるさ、気にするな」


籐矢を責めるでもなく、逆に慰められた。

新年早々の失態に、疲労感が増した。


「神崎さん、おめでとうございます」


「水穂か……おめでとう 今年もよろしくな」


籐矢は、水穂を見ることなく挨拶をくれた。

机に乗せた足にはショートブーツ、無造作に顔に乗せられた帽子はイタリアのボルサリーノで、水穂は籐矢の趣味の良さに感心した。

素っ気ない返事に不満はあったが、返事も今日の格好も籐矢らしいと水穂は感じていた。


「神崎さん、今日はイタリア男のつもりですか?」


「スペイン男のつもり」


「はぁ? スペイン男ってわけわかりませんけど……顔ぐらい見せてくださいよ 新年早々どうしたんですか」


「どうしたって……お前が変な仕事を取ってくるから散々な目にあったんだよ」


「仕事を取ってくるって、私、営業じゃありません。あっ、スペイン料理店の捜査、今日でしたね!

だとしたら……ちょっとは責任がありますね。捜査を頼んだのは私だし……お疲れ様でした」


水穂の神妙な声は籐矢に届いたのだろうが 「うん」 と言ったっきり微動だにしない。

顔も見せない籐矢を残し、水穂は同僚のところへ新年の挨拶に行った。

遠くで 「おっ、香坂さん、今日は珍しい格好をしてるね。たまにはいいねぇ」 などど、水穂の格好を褒める声が聞こえてきたが、籐矢は目を開けて見る気力もなかった。

事件を解決できなかった気だるさとやるせなさ、これは、あのときに似ている……

籐矢はしまわれた記憶を引き出した。


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