Shine Episode Ⅱ
3, 現在と過去
歩き慣れた道は以前と何ら変わることなく、同じ表情で籐矢を迎えてくれた。
数年前、日本から抱えてきた重い心と一緒に歩いていた道は、歩くほどに心の重荷が少なくなり、毎日会う人々の行きかうたびにかわされる挨拶が籐矢の顔を明るくしてくれたのだった。
東欧から始まった追跡は西へと進み、先週から懐かしい街へと入っていた。
三年間を過ごした街には馴染みも多く、手掛かりを求めるには最適な条件がそろっている。
籐矢の再訪をかつての同僚達は喜び、昨夜は酒宴が催され、ここ数ヶ月の緊張をほどいた。
目指す相手は転々とし捜査は困難を極めたが、協力者のもたらした情報により、この地に拠点があるらしいとわかってきた。
まさかICPO本部と同じ街にテロリストも潜んでいたとは、敵ながら大胆なことを考えたものだと忌々しく思いながら 敵の不敵さに感心する。
けれどわかっているのはそこまでで、彼らの次の目的は皆目見当がついていない。
今朝も手掛かりを求めて、市場通りや表通り街裏の路地まで歩き回る。
籐矢の朝の散歩は出勤前の日課になっていた。
前から歩いてきた見知った顔が、愛想よく手を挙げて近づいてきた。
「トーヤ、早いね」
「よぉジャン、昨日は楽しかったよ。遅くまで飲んで、カミさんのご機嫌を損ねたんじゃないか?」
「おや、見てきたようなことを言うじゃないか。自分が参加できなかった悔しさもあるんだろう。
朝からグチグチ言われて参ったよ」
顔をしかめて話をしているのは、元の同僚でもあり籐矢の友人ソニアの夫でもあるジャンだ。
気さくな彼は籐矢が以前赴任したときも最初に話しかけてきて、それ以来の付き合いである。
「朝早くどうした、さがしものか? 情報でも手に入ったのか」
「いや、街を久しぶりに歩いてみようと思ってね。顔見知りの市場のおかみさん連中も多少シワが増えたが、口の方は相変わらずだな」
「トーヤ、もう少しましな理由を考えろ。俺にそんなごまかしは通用しないね。
毎朝、毎朝、歩き回っているじゃないか。もう一度聞く、なにを探している」
「疑り深いじゃないか。ジャン、子どもができたら守りにはいったのか?」
この男はおおらかな表情とは裏腹に侮れないヤツだった、昔とまったく変わっていないと、ジャンの問いかけをかわしながら 籐矢は旧友の性格を思い出し胸の内で苦笑した。
敵が姿を見せないのならこちらの姿を見せようと、籐矢はわざと目立つように歩き自分の姿をさらしていた。
狙われる恐れはあったが、何もせず相手の出方を待つことに痺れを切らしていた。
神崎籐矢がこの街にいると敵に知らしめるために歩いているのだとは、ジャンには言えない。
だが、彼は籐矢の行動にただならぬ物を感じとり 「トーヤ、早いね」 とさりげなく声をかけたのだった。
「冗談を言っちゃいけない。子どもができたからますます頑張るのさ。
トーヤこそ、彼女を泣かせるようなことはするなよ」
籐矢の脇腹を小突き、体をふら付かせながら籐矢に近づいたジャンは、聞こえるか聞こえないかの小さな声でささやいた。
「トーヤはすでにターゲットにされているとの情報が入っている。できるだけ建物側を歩け。
それから、交差点は人込みにまぎれて渡る。いいな」
上目遣いにビルのひとつを示し、屋上を見る仕草をした。
籐矢もジャンの腹を軽く小突き、ふざけた真似をしながら体を寄せた。
「わかった。おまえは俺から離れろ」
向こうに行けというように顎をしゃくり、ジャンの体を腕で押した。
ジャンから離れ歩き出した直後、目の前に看板が落下した。
まだ近くにいたジャンと目配せして駆け出した。
続けざまに頭上から物が落ちてきて、合間に銃声が聞こえたことから籐矢の顔つきが変わった。
明らかに籐矢を狙っている。
二人は走る速度を上げて異なる方向へと散った。
交差点で別れ際に 「向かいのビルに入れ」 とジャンが叫び、声に従い走り出した籐矢の目の前に幼い子どもが飛び出してきた。
とっさに子どもを避けたもののバランスを失った体は傾き、転倒は免れたが走る速度は極端に落ちた。
交差点を渡りきった直後、籐矢の体は落下物の下に横たわっていた。