Shine Episode Ⅱ
ソニアと暮らした一年半で、籐矢の心は落ち着きを取り戻した。
辛い事件を忘れたわけではなかったが、穏やかに過ごせる時が増えていた。
籐矢にとってソニアは母でもなく、姉でもなく、恋人と呼ぶには互いに踏み込まず、程よい関係の女友達だったのか……
籐矢にも今となっては判断がつきかねた。
帰国して、新しい配属先で一緒になった香坂水穂は、彼女の中にソニアに似たものを感じるときがある。
籐矢に対して遠慮がなく、物言いはソニアよりハッキリしていたが、水穂といると心が安らいだ。
それがなぜなのか、籐矢自身まだ気づいていない。
「神崎さん、いい加減に機嫌を直してくださいよ」
水穂の申し訳なさそうな声に、籐矢はようやく目をあけた。
いきなり目に飛び込んできたのは、振袖を着た水穂の姿だった。
「おまえ、ひまわりだな」
籐矢はとっさにそう思った。
水穂の存在自体が、大きく咲き誇るひまわりに見えた。
「何を言ってるんですか、この柄は牡丹の花ですよ。いくら神崎さんが花オンチでも、ひまわりと牡丹の区別くらいつくんじゃありませんか?」
噛みあわない会話に籐矢は笑い出した。
「せっかく着物を着てきたんだ、初詣にでも行くか。それとも栗山と約束してるのか?」
「実はそうだったんですけど……栗山さん、仕事が入っちゃって……
神崎さんが連れて行ってくれるんですか? わぁ、行きます、行きます!」
大振袖の長い袖を弾ませながら、水穂はぴょんと飛び上がって無邪気に喜んでいる。
栗山の代わりということに多少の抵抗を感じたが、水穂の無邪気な様子に、それでもいいかと籐矢は気を取り直した。
「どこに行く? この近くだったらどこだろう」
「明治神宮に行きたいです!」
「はぁ? そんなクソ人の多いところに行っても疲れるだけだぞ」
「人が多いからいいんじゃありませんか。人のいないところに初詣に行っても雰囲気が出ませんよぉ」
結局、なんだかんだと言い合ううちに水穂に説得されて明治神宮に来たが……
その人の多さに、水穂も目を丸くした。
「それみろ、だから言ったんだ。この多さじゃ迷子になるぞ。俺のそばを離れるなよ」
いつもならさっさと前を歩いて行ってしまう籐矢が、今日は水穂をかばいながら歩き、時折、水穂の腰に手をまわして人の波から守っている。
「おい、手を貸せ。このままじゃ二人とも迷子だ」
ついには、水穂の手をとって歩き出した。
大振袖の若い女と、サングラスに帽子をかぶった長身長髪の男は、不思議な取り合わせのカップルだった。
行きかう人の無遠慮な視線を感じながらも、水穂は安心感を抱いていた。
”神崎さんといると なんだか安心する”
水穂は、栗山と一緒の時には感じなかったものを神崎から感じ取っていた。
だが、その感情も水穂自身どうしてそう思うのか、まだわからない。
これから一年 いろんな事件に遭遇するだろう。
様々な難局にも直面するだろう。
コイツとなら、乗り越えていけそうだ……
この人となら、立ち向かっていけそう……
二人は各々の思いを胸に、神宮の拝殿を目指して歩き続けた。