Shine Episode Ⅱ


例年になく雪の多い年だった。

桜の蕾も膨らんでいるというのに、まるで花が咲くのを拒むように寒が戻ってくる。

今日もそんな一日で、朝方からの冷え込みと曇り空で雪の予報が的中した。

水穂は科捜研で行われた打ち合わせを終えて、帰るために玄関外に出たところで足が止まった。

駐車場は一面雪景色になっており、左右に首を動かし見えるものすべてが雪に覆われ、目指す車は一向に見つからない。 

似たような公用車が並ぶ方へ一歩踏み出したものの、ふわりと積もった雪の感触に踏み出した足を引っ込めた。

雪の予報が耳に入っていたはずなのにどうして車で来てしまったのか。

今頃後悔しても仕方がないと思いながらも、大きなため息が出た。

建物を振り返り、誰かに車の移動を頼もうかと考えたが、栗山を避けて科捜研の他の職員に声をかけるのも不自然で、けれど、栗山に頼むには気まずさがあり水穂は悩ましげな顔で立ち尽くしていた。

こんなとき神崎さんがいたら……と思う。


”雪で動けなくなりました。電車をつかって帰ります”

”こんな日にノーマルタイヤってのが間違ってるんだよ。自覚が足りないから、こんなことになるんだ”

”神崎さんの文句を聞くために電話したんじゃありません。報告したんです”

”うるさい! ウダウダいわずにそこで待ってろ。迎えに行ってやるから動くんじゃないぞ、いいな”


あれこれと言いながらも、きっと水穂の身を案じて動いてくれただろう。

脇腹の銃弾の傷跡がチクンと痛んだ。

籐矢を思い出すたびに疼く脇腹に、そっと手を当てた。

水穂が手がける事件の証拠物件の検査を依頼にきたのだが、以前のように栗山に軽口をたたける雰囲気ではなく、用件のみを告げてそそくさと建物を出てきた。

二人の間では決着のついたことだと言い聞かせて来たものの、平静を保ちながら栗山の顔を直視できるほどの神経はないようで、 案外気にする性質なのかと自分の性格に気付かされてもいた。

またため息を漏らす水穂の耳に、いましがた思い出していた人の声が聞こえてきた。



「今日は車を置いて帰った方がいいよ。明日にでも僕が届けるから」


「そうですね、置いて帰った方がいいですね。あっ、でも、明日は自分で取りに来ます。 

栗山さんだって仕事があるのに、その……」


「そんな風に遠慮されると寂しいよ」


「すみません……」



謝る言葉しか思いつかず、水穂はうつむき足元の雪を見つめた。



「一年たったんだね」


「……そうですね、一年って早いですね」


「僕には長かったよ。去年はバレンタインチョコレートをもらえなくて、寂しかったなぁ」


「栗山さん……私がもっと早く……すみませんでした」


「そういうつもりで言ったんじゃないよ。自分の諦めの悪さに呆れてるだけだから。僕の方こそ、ごめん。 

諦めが悪いなんて言われたら、水穂さんも困るよね」



いいえ……と首を振り、水穂はようやく顔を上げて栗山の横顔を見た。

先輩として憧れ続けて、いつしか慕う気持ちが強くなり、この人しかいないと思っていたあの頃と何も変わらぬ佇まいだった。

この人を好きだった。

好きだと言われて、何も手につかない時もあった。

それなのに、今は遠い昔のことのように想い出の一部として心の奥にしまわれている。

籐矢へ気持ちが傾いていながら、それを頑なに否定していた頃、いつ会っても変わらぬ笑顔で水穂を見てくれた栗山の優しさが心地良かった。

「神崎さんなんて私の顔を見れば嫌味ばかり。慰めのひとつも言ってくれない上司なんですよ」 などと、栗山にブツブツとこぼしたこともあった。

それがいつの頃からか、籐矢との嫌味の応酬は日課のひとつとなり、ケンカしながらもなんでも言い合える関係が気楽になっていた。

いくたびの危機に接し、身の危険にさらされる局面で見えた籐矢の決断力と包容力は、少しずつ水穂の心を変化させた。

気がつくと誰よりも籐矢の身を案じ、水穂にとってなくてはならない存在になっていた。

< 15 / 131 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop