Shine Episode Ⅱ


栗山へ別れを告げたのも、こんな雪の降る日だった。

水穂の話を聞き 「わかった」 と短い一言のあとうなずくと、栗山は寂しそうな笑みを浮かべ別れの言葉を受け入れた。

私のわがままで優しい人を傷つけた、それなのに、何も言わず私を手放してくれた、

栗山さん好きでした、ごめんなさい……

雪道を歩きながら自責の念にさいなまれ、鎮めようのない心を受け止めて欲しくて、その夜、籐矢のもとを訪れ苦しさを吐き出した。

籐矢もまた水穂の話を黙って聞き 「そうか」 と短い言葉を漏らすと水穂を抱き寄せた。

腕の中にくるまれ抱えられると、籐矢の息遣いが直に伝わってきた。

守られ癒される胸に身を預けるうちに、水穂の乱れた心は落ち着いてきたのだった。



「私がもっと早く栗山さんに言ってたら、誰も傷つけずに……

ううん、そんなことありませんね、傷つかないなんてことないですね。

こんなこと、神崎さんに言うことじゃないのに」


「おまえが俺のところに来た。それだけで充分だ」


「……温かい……神崎さんの手、あったかくて、きもちいい」



水穂の冷え切った首筋に当てられた手が心地良く、目を閉じて温もりに身を委ねながら、籐矢の腰に腕を回し抱きしめた。

首筋の手がそれに応えるように愛おしく頬をなでていく。

軽く重ねられた唇で存在を確かめあい、深く重ねた唇で互いに失えない存在なのだと伝えあった。

籐矢の手が水穂の胸へと下りてきてジャケットの合わせ目を開きながら、接吻は首筋からうなじへと移っていた。

甘い刺激と鋭い刺激が交互にもたらされ、水穂の口から声にならない声が漏れた。



「神崎……さん、待って……」


「嫌だ」


「お願いです。少し、あの……」


「もう待てない。おまえは俺を選んだ、そうだろう?」


「そうです……けど……」


「俺もおまえを選んだ」



露わになった水穂の脇腹へと手をすべらせる。

籐矢の唇が傷跡へとたどり着き、いとおしむように接吻をくり返した。

ふたりにとって忘れることのできない傷跡への接吻は、儀式のように恭しく神聖なものだった。 

これまで抑えていた欲望が籐矢の体を突き抜け、こらえられない情熱が押し寄せ、触れた肌を手放すことはできなかった。

他の男へ離別を告げ、自分のもとへと来た女を我が手に納めたいとの思いは、動物的本能なのかもしれない。

身をよじり甘い抵抗を見せる体を、押さえつけたい衝動が籐矢の中で沸き起こる。

水穂の気持ちも同じだった。 

籐矢への愛情を確信したときから、すべてを受け入れて欲しい思いはあった。

男と女である前に上司と部下であるとの意識が強く、芽生える欲望を見過ごし気付かぬ振りをしていた。

けれど、強い意思で保ってきた理性も、求め合う情熱のまえには脆くも崩れた。
 
肌の重なりに我を忘れようとしていた。

籐矢の胸にすがり、快楽へと気持ちを向けようとするが虚しさが襲ってくる。

水穂の苦しさをわかっているのか、忘れてしまえというように籐矢は息苦しいほど肌を合わせてきた。

苦しみと快楽が交互に訪れ、ふたりをより強く結びつける。

心と体が重なりあい、互いに決して離れられない魂なのだと悟った夜だった。


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