Shine Episode Ⅱ


傷口に ”チクン ” と痛みが走り、小さな疼きと淡い甘酸っぱさが同時に沸き起こる。

栗山が、「明日僕が……」 とふたたび話し出し、水穂は遠い日へ飛んでいた意識を引き戻した。



「神崎さんから連絡は?」


「たまにです。それも一方的で、相変わらずですよ」



栗山の口から籐矢の名がでて、水穂は必要以上に顔をしかめて苦々しそうに返事をした。



「そっかぁ。水穂さんが落ち着いているから安心したよ。聞いたときは驚いたけどね。

神崎さん、日ごろから鍛えてるし回復も早いんだね」


「ちょっと待ってください、なんのことですか? 回復が早いって、神崎さんがどうかしたんですか?」



水穂の動揺に栗山は慌てた。

それまで距離を保っていのに、栗山の言葉を聞いて血相を変えて詰め寄ってきた。

もしや神崎さんの怪我は彼女には伏せられていたのか。 

香坂 部長の指示で口外しないように念押されていたが、部長って……

あっ、香坂部長は彼女の父親じゃないか、なんてことを口走ったんだ。

そう気がついたものの、いまさら知らないとは言えない状況になっている。



「栗山さん、神崎さんのこと、知っているなら教えてください」


「神崎さんが追いかけている例の件で、警察庁から証拠品の確認があった。

そのとき向こうの状況が伝えられて、神崎さんが負傷したと聞いた」


「負傷って、どこを怪我したんですか! ねぇ、どこ」


「肩だと聞いた。だけど、そのあとの情報が伝わってこないってことは、軽傷だったのかもしれないよ」


「聞いてません……どうして……私は聞いてません」


「部長は、君のためを思って伝えなかったんだと思う。離れていると、余計に心配するじゃないか」


「父が情報を握りつぶしたんですね。わかりました……すみません、帰ります」


「そうじゃない。水穂さん、待って! 送っていく、ちょっと待って」



水穂は雪の積もった駐車場に飛び出した。

車で帰るのは無理だと叫ぶ栗山の声もまるで聞こえていないように、取りつかれたように車に積もった雪を払いのける。

追いかけてきた栗山に腕をつかまれても、水穂は車を動かそうとしていた。

揉み合う二人は、近づく人物に気がつかなかった。



「水穂じゃないか。どうした」


「お父さん……失礼しました。香坂部長」



一瞬にして水穂の顔色が変わり、睨み付けるような眼差しが父親に向けられる。



「この雪で立ち往生しております。部長のお車に同乗させていただけないでしょうか」


「あっ、あぁ、それはかまわないが、そう畏まらなくとも」


「神崎警視の負傷の件について、少々お尋ねしたいことがあります。ご説明願えますね」



娘の剣幕に父親である香坂部長は、車に乗るようにと目配せをした。

たびたび感じていた銃弾の傷口の痛みは、籐矢の身に危険が迫っていたと知らせていたのかもしれない。

そういえば、室長や部内の面々から水穂をいたわるような言動があった。

なぜ今まで気がつかなかったのか、迂闊だった……

脇腹に手をおき籐矢の身を案じながら、水穂は隣に座る父へなんと問いかけようかと考え始めた。


香坂親子を乗せた車が遠ざかるのを、栗山はいつまでも見送っていた。

籐矢の負傷を知った水穂の顔が脳裏にこびりついている。

それまで、かつての交際相手を気遣い申し訳なさそうに言葉を選んでいた人は、遠く離れた恋人の危機を聞くや否や血相を変えた。

いてもたってもいられなかったのだろう。

雪の中へと飛び出し、危険な運転を試みようと必死になっていた。

それは栗山が目にしたことのない姿だった。

決して自分には向けられたことのない、水穂の激しい感情だった。

彼女の気持ちが自分に戻ってくることはない。
  
失恋の幕を引くのに一年かかったのか……

たどり着いた結論は栗山にとって残酷なものだった。

ここで潔く諦めるべきだと言い聞かせながら、栗山はまたも水穂の後姿を思い出していた。

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