Shine Episode Ⅱ
籐矢が休日をどう過ごしているのか聞いたこともなければ、どこかへ出かけたなどという話を聞いたこともない。
一緒に出掛けようと水穂が誘われたことも、これまで一度もなかった。
夜まで付き合って欲しいと言われていたため、水穂は夜の寒さに備えてコートを持って家を出た。
どこに向かっているのか、水穂には皆目見当がつかない。
畏まった格好を好まない籐矢がブレザーを着ていることから、軽い気持ちでいく場所ではないことだけは想像がついた。
いつもの軽口もなく車内の会話は途切れたままで、水穂は居心地の悪さを感じていたが、 途中で生花店に寄ったあたりからなんとなく行先が見えてきた。
都内とは思えない緑に囲まれた墓地の一角に足を踏み入れると、朝もやとともに線香の香りが漂っていた。
籐矢は入り口で手桶を借りて、そこにいた知り合いらしい男性と短い言葉を交わしたあと水穂の方を振り向いた。
「墓参りに付き合って欲しい」
ここまで連れてき、今更付き合って欲しいもないものだと苦笑いしたが、水穂はコクンとうなずいて籐矢のあとに続いた。
その横顔は、誰のお墓参りですかと聞けないほど厳しい面持ちだった。
神崎家の墓の一番端に 「麻衣子」 と刻まれていた。
水穂は籐矢の手から花束をとると、花を整えながら左右の花立てに見た目よくいけた。
籐矢はその様子を黙って眺めていたが、蝋燭に火をつけると水穂に横に来るように声を掛けた。
「妹さん、麻衣子さんでしたね」
「そうだ……」
二人で並んでしゃがみ、手を合わせた。
これまで何度も煮え湯を飲まされたが、麻衣子の命を奪った事件の核心に迫るときがきた。
寸でのところで逃げられ闇へと隠れてしまう憎い犯人を、今度こそこの手で捕らえるのだと籐矢は誓う。
籐矢は長く手を合わせ、水穂もそれにならった。
二人が立ち上がったときだった。
歩み寄る足音に気がつきふたりが振り向くと、驚きの二つの顔がそこにあった。
「籐矢さん」
籐矢の継母と弟の征矢だった。
水穂はあわてて二人に頭を下げた。
征矢が水穂へ 「お久しぶりです」 と声を掛けたのを、母親はいぶかしんだ。
仕事で会ったことがあるのだと征矢が手短に説明し、籐矢は自分の部下だと水穂を紹介した。
「お参りを先に済ませるわね」
そのまま待つように言われ、籐矢と水穂は二人の様子を後ろから眺めながら待った。
征矢が手配した霊園近くのレストランには個室が用意されており、奥まった一室は昼時の賑わいも届かない静かな空間だった。
「籐矢の母です。息子がお世話になっております」 と丁寧な挨拶が水穂に向けられ、水穂もあらためて名乗り、次の言葉を続けようとして籐矢の声に遮られた。
「彼女は俺の大事な人です」
「籐矢さんの大切な方なのね。まぁ……こんな風に紹介してくれるのは初めてね。嬉しい…てん
麻衣子が引き合わせてくれたのでしょうね」
「香坂さん、兄さんとそうじゃないかと思ってた」
兄と母親のぎこちない会話を埋めるように、征矢は嬉しそうに声をあげた。
仕事でしばらく日本を離れることになりそうなので、その前に彼女を麻衣子に紹介したくて、と籐矢は水穂が聞いていないことを語りはじめた。
驚きの目を向けた水穂に 「あとで話す」 とだけ籐矢は告げ、四人の静かな会食に入った。
小一時間ほどをそこで過ごしたが、あのあいだ籐矢が仕事について触れることはなかった。
水穂は穏やかな顔を保ちながら苛立ちを募らせていた。
征矢たちと別れたあと、ふたりだけになっても籐矢は話そうとしない。