Shine Episode Ⅱ
マンションの近くに、まるで昭和か大正から抜け出たような古い家が建っていた。
塀越しに見える手入れの行き届いた木々は、マンションの住人の目も楽しませてくれるのだと、籐矢の家の家政婦の弘乃が言っていたと水穂は思い出した。
その家には塀の外からも見えるもみの木があるが、今日は枝の先に赤いリボンが結ばれているのが立派な門扉の隙間から見えた。
日本家屋に不似合いなリボンが可笑しく思えてクスッと笑いながら前を通り過ぎた。
あの時は、色づいた紅葉が見えたっけ……
ひと月ほど前の風景を思い出し、水穂の胸の奥が切なさで揺れた。
籐矢から、弘乃が夕食を一緒にどうかと言っていたとの言葉に、素直じゃない彼らしい誘い方だと思ったが、 いつもご馳走になる礼も込めて、弘乃へエプロンとハンカチを用意してマンションの玄関をくぐった。
「やっぱり最後はこれですね。ひろさんのお漬物、この味は忘れられません」
「水穂さんにそう言って頂けると私は嬉しくて。こんなものでよろしければいつでもどうぞ 。
籐矢さんがいらっしゃらなくても、お越しくださいね」
「わぁ、ありがとうございます。でも、今度も神崎さんと一緒ですから。
帰ってきたら、またご馳走してください」
弘乃はなんと返事をしたものかと困った顔をし、籐矢は水穂を睨みつけていた。
「さっきも言ったはずだ。おまえは残れ」
「冗談でしょう。コンビを組んだからには一緒に行動しなくちゃ」
「そんな意味じゃない」
表面は平静を装っていたが、次第に籐矢の声が荒くなってきた。
かたや水穂は、漬物を口に運びながらとぼけた顔をしている。
弘乃は自分がいない方がいいだろうと無言で片づけを始め、手早く食器をキッチンに運び出した。
水穂も当然のように立ち上がり、口で籐矢に反論しながら片づけを手伝っている。
「片付けが終わったら、私は先に帰らせていただきます。水穂さん、あとをお願いできますか」
「はい」
「ひろさん送るよ」
「大丈夫ですので……」
遠慮がちに断る声を聞くと、籐矢は水穂の手をつかみリビングを出た。
これ以上、弘乃の前で声を荒げるのを避けたかった。
水穂もそれがわかってか、忌々しい顔をしながらも籐矢のあとについていく。
ドアの閉まる音が聞こえ、弘乃は深いため息をつき仕事の続きを始めた。
二人の言い分はどちらもわかる、それだけに仲違いはして欲しくないと願うばかりだった。
部屋に入ったものの、籐矢も水穂も口を閉ざしていた。
籐矢は彼女をどう説得したものかと悩み、苛立ちを抑えるため煙草に火をつけ考え込む。
水穂は用もないのに窓辺に行き少し窓を開けると、いまにも降りだしそうな空を仰ぎ見て、籐矢への反論の言葉を考える。
煙草一本分が灰になるあいだ二人は無言だった。