Shine Episode Ⅱ
痺れを切らした水穂が挑むように口を開いたのは、籐矢の自宅についた直後だった。
「どういうことですか。日本を離れるって、そんなの聞いてません」
「知らなくて当然だ、決まったばかりだからな」
「決まったばかりって、いつ決まったんですか。どうして私が知らないんですか。
仕事のコンビを組んでるのに一言の相談もないなんて、そんなの、そんなの……」
「少し落ち着け、それじゃ話もできない」
「これが落ち着いていられますか!」
どうにも我慢がならないといった水穂の剣幕に籐矢は大きく息を吐き、とにかく落ち着いてくれと同じ言葉を重ねた。
「テログループの足取りがわかった。彼らの拠点は日本から海外へと移っている。
今のままでは捜査に限界がある、だから警察庁に出向することになった」
「警察庁の出向は、神崎さん一人だけですか」
「そうだ、俺だけだ。今のままでは権限が限られる。警察庁からICPOへ協力要請も出された。
これでかなり自由に動けるはずだ」
「私はどうなるんですか、ひとり取り残されるんですか、役に立たないってことですか」
「そうじゃない、危険すぎる。だからおまえは残した。こっちで情報を集めて俺に送って欲しい。
それだって大事なこと……」
「私が言いたいのはそんなことじゃありません。神崎さんにとって私はなんですか。
さっきの大事な人っていうのは、大事な部下ってことだったんですか」
「そうだ、大事な部下だ……ずっとそばにおいて守ってやりたいと思っている……
だが、これ以上俺のせいで犠牲になるのは耐えられない」
籐矢の声は怒りを含んだようでもあり、懇願するようでもあった。
耐えられないと言い放ったあと唇は固く閉じられ、目は何かを見据えるように壁を睨みつけている。
神崎さん……と水穂は小さく呼びかけて、壁を見据えた顔を優しく抱き包み込んだ。
「麻衣子さんのために行くんですか? それだけじゃありませんよね」
「これ以上の犠牲者は出したくない。どこかで誰かが歯止めをかけなければ、あいつらの活動はとどまるところをしらない」
「誰かって、それが神崎さんなんですか」
「俺だからできると思っている。わかってくれ……」
「……わかりません。わからないけど、行かせたくないけど……行くんでしょう?」
「あぁ……」
この人は、誰が何と言おうと危険な地へと赴くのだろう。
水穂は籐矢の体を抱え、少しでも苦しみを共有するために抱く手に力を入れた。
それからは時間の許す限り語り合い、体温が感じられる距離で寄り添った。
籐矢が一人で行ってしまうのだとわかっていながら、水穂は最後の最後まで連れて行ってくださいと言い続けた。
だめだ連れて行けないと言いながら、籐矢は水穂をそばに置き慈しみ、秋の声を聞く頃、水穂を残して異国へと旅立ったのだった。