Shine Episode Ⅱ
廊下からソニアの朗らかな声が聞こえてきた。
検査と静養ばかりの病院にあって、籐矢にとってソニアの声は安らぎだった。
今日はどんな顔を見せてくれるのだろう。
ソニアが抱えてくる赤ん坊の顔を想像して、籐矢の顔はほころんだ。
「まさか子連れの女が仲間とは思わないでしょうね」
そう言いながら、ソニアはあるものを抱いて毎日やってきた。
顔を覆うおくるみに包まれソニアの腕に抱かれた人形は、傍目には本当の赤ん坊にしか見えない。
重さ形とも人間の赤ん坊そっくりに作られており、同じくらいの子どもの母親であるソニアが抱くと、いかにも腕の中で心地良さそうにしている赤ん坊にしか見えない。
ただし顔は、とても数ヶ月の乳児の顔には見えないお粗末な出来になっていた。
籐矢の怪我は順調に回復し、リハビリの日々を過ごしていた。
籐矢の負傷を知るのは日本では限られた人物だけで、特に水穂へ漏れることのないように緘口令 (かんこうれい) が敷かれていた。
体もじきに元に戻る、怪我の前につかんだ情報を元に入院中に仲間達が調べ上げた人物を当たっていけば、必ず目指す相手にたどり着くはずだ。
退院後の探索の計画を綿密に立て、怪我で動けなかった時間を取り戻そうと籐矢は必死だったが、逸る気持ちを抑えながら、まずは体力の回復だとリハビリは丹念にこなしていた。
「ご機嫌はいかが? 今日のリハビリは?」
「ノルマ達成だ。明日の分もこなして、無理はいけませんとトレーナーに叱られた」
病室に入ると、ソニアは抱えていたダミー人形を無造作にソファに置いた。
「まぁ、トーヤらしいわね。そろそろ体がなまってくるころでしょう。でもね、もうしばらくの辛抱よ」
「しかしなぁ、わかっていてもここの生活は退屈すぎる。退院して家で養生してもいいはずだが」
「そうはいかないのよ。なんといっても、アナタのご家族がそれを望んではいないわ。
こちらにいらっしゃるのだって、 一般人の接触を避けるために遠慮していただいているのよ。
ご両親にしたら、怪我をした息子を見舞えないことほど辛いことはないと思うけど。
退屈くらい我慢なさい」
「だけどなぁ、こうヒマだと、どうにもね。そのうち脱走するかもしれない」
「トーヤ!」
わかってるよ、冗談だとソニアをなだめたが、ソニアの顔は真剣そのもので、睨み付けた顔に逆らえるものではなかった。
ジャンのヤツ、こんな女房がそばにいるのかと多少の気の毒さを感じたりもした。
「アナタの脱走をやめさせるには、気晴らしが必要のようね」
「いいねぇ、で、何をしてくれる?」
「明日の午後、プレゼントを持ってくるわ。病室で待ってて、きっと元気になるはずよ」
「楽しみにしてるよ」
そう答えたものの、過度の期待はせずに待とうと籐矢は思った。
プレゼントも一時の退屈しのぎにしかならないだろうが、せっかくソニアが用意してくれるというのだ、おとなしく待つとするか……
そう自分に言い聞かせ、翌日の午後へ少しばかりの期待感を抱きながら、いつもと変わらぬリハビリだけの長い一日をすごした。
翌日の午前中はプレゼントへの期待感を胸にリハビリに挑む。
籐矢の順調な回復を喜ぶ声がスタッフから掛けられた。
「あと少しだ、現場復帰が目標だったね、カンザキならやり遂げるだろう」
「この調子なら、普通の生活がこなせる日もそう遠くないよ。
恋人がきても、ちゃんと抱きかかえることもできるさ。こう膝に乗せてね」
片目をつぶってそんなことまで言い出し、籐矢や周りの患者を笑わせてくれる。
午前中の訓練が済めば、午後はゆったりと退屈な時間がやってくる。
今日はソニアが何かを持ってきてくれるということで、暇をもてあますことはないだろうと、少しばかり浮き足立った心持ちになっていた。