Shine Episode Ⅱ
あれから三日たっても水穂に帰る気配はなかった。
そばにいてくれる嬉しさはあるものの、これ以上仕事を休ませてはいけないと、籐矢は上司らしい心配をはじめていた。
「いつまでいる気だ。そろそろ戻った方がいい」
「いいんです」
「良くない。俺はじきに退院する、心配するな」
「だから大丈夫ですって」
「室長に無理を言って来たんだろう? これ以上は」
「無理を言った相手は父ですから」
「はっ?」
「神崎さん、私の父と京極長官も巻き込んで情報操作したそうですね。
あんな緘口令を敷かれたら、負傷してもわかりません。私、何にも知らなくてのんきにしてました」
「いや、それは、だから心配を……」
警察庁の京極長官は籐矢の叔父であり、麻衣子の事件の後、ICPOへの赴任を勧めてくれた人物である。
「日本を離れるときも、私に黙って出国しましたよね」
「あぁ、それは、おまえが追いかけてこないように長官に頼んで……はっ」
「ふぅん、やっぱりね……神崎さんが使った手を私も使わせていただきました。
私、今月付けで警察庁に出向になりました。
ついでにICPOに身分を移してもらえるようにお願いしました」
「なんだって! お願いしましたって、そんな簡単なもんじゃない」
「ところが、思ったより簡単でしたよ」
水穂の口からとんでもない言葉が飛び出してきた。
警察庁に出向しICPOに身分を移すとは、籐矢と同じ立場に立つことを意味している。
何のために自分の動向を欺き、水穂を日本に残してきたのか、すべての危険から水穂を守るためではないか。
水穂のことだ、籐矢と同じ任務をと希望するだろう、それでは身を守るどころか危険に身をさらすことになる。
せっかくの計画も、また一から立て直さなければならなくなるということだ。
麻衣子の二の舞だけは避けたいと躍起になって画策したことを、水穂はすべて覆してやってきた。
俺の真意もわからないのかと、籐矢は再会の喜びも怒りで消し飛んだ。
「警察幹部の娘って何かと窮屈だったけど、こんな良いこともあるんですね。
警務部長の父の立場を、最大限に利用させてもらいました。
警務部といえば人事はお手のものですから」
「おまえ、それって職権乱用」
「さすがに父だけでは警察庁の人事を動かすのは難しそうだったので、紫子さんにお願いして、京極長官にも協力していただきました」
「京極長官を動かしたってことは、潤一郎もグルか! アイツ、この前見舞いに来たのにそんなことは一言も」
「そうでしょう。神崎さんに言わないように、近衛さんにきつくお願いしましたから。
神崎さんも同じコトをしたでしょう!」
「いや、だからそれは……おい、すぐ日本に帰るんだ。おまえがいたら仕事にならん」
「帰りません。それにそんなこと言っていいんですか? 私、日本から有力な情報を持ってきたんですよ。
いまソニアさんたちに分析してもらってます。次のターゲットは意外な場所でした。
警備も難しいでしょうね」
「どこだ! どこなんだ、水穂、教えろ!」
「日本はもうすぐ桜の季節ですね。今年は見られませんね、残念だわ……」
病室から外へと目を向けた水穂は口ほど残念そうでもなく、その顔には満足な笑みが浮かんでいた。