Shine Episode Ⅱ
5. 帰還
籐矢の退院が決まった日、水穂は間借りしていたソニアの家から希望していたアパートに引っ越した。
急ぎ引越しを終え何事もなかったように病室を訪れると、いつもと変わらぬ顔でリハビリから戻った籐矢に話しかけた。
「退院は週末ですね。リハビリをよく頑張ったってみなさん褒めてましたよ」
「誰に向かって言ってるんだ? 俺がなんのためにここまで来たと思ってる。
早く動けるようになって、それで……」
「わかってますって。でも、今回はじっとしててくださいね」
「おまえはバカか、俺が行かずにどうする」
「あっ、またバカって言った。やめてくださいって、あんなに言ったのに。
でも今日は許してあげます。退院しても、神崎さんはしばらく自宅待機ですから」
可哀想に……と、にやっと笑った顔で付け加えると、上目遣いに籐矢の顔色を窺った。
思ったとおり怒りと不満が満ちた顔になったが、そばにいる今はそんな顔さえも嬉しいものだ。
「誰が自宅待機だって? あのなぁ」
「足手まといです。ケガ人はおとなしく家で待っててください」
「冗談じゃない!」
「冗談じゃありません!!」
病室の外まで響く大声で水穂に言い返されてベッドに腰掛けていた籐矢は一瞬ひるんだが、すっくと立ち上がり反論する口へ手を置いた。
「ここは病院だぞ、もっと静かに話せ」 と、自分のことは棚に上げて声を潜める。
籐矢の手をやんわりと振りほどいた水穂は、目の前に立つ人へキッと目を向けた。
「日本を発つとき、私にも同じことを言いましたよね。覚えてますか?
まさか忘れたとは言わせませんから」
「おう、覚えてるさ。だからなんだよ」
「とにかく、今回は足手まといです。いいですか、いいですね!」
「うっ……」
苦々しそうな顔をしたが籐矢からそれ以上の反論はなく、水穂の要求を受け入れたと見え再びベッドに腰掛けた。
退院後は先頭をきって現場に駆けつけるつもりでいたのだろうが、今度ばかりは籐矢を言い分を聞くわけにはいかない。
ここで譲って籐矢の言い分をのんでしまっては、今後の二人の関係にも影響するだろうと水穂は考えたのだった。
籐矢には別の思惑があった。
一緒に行く、連れて行ってくれと、最後まで言い続けた水穂を日本に置き去りにしてきた経緯がある。
それを蒸し返されては、立場が悪くなると判断した。
けれど、捜査の詳細は把握しておきたい。
現場に赴かずとも、動ける範囲で捜査に協力したいと水穂に食い下がった。
「おまえが持ってきた情報は重要だ。大使館が次のターゲットだと突き止めたのもたいしたものだ。
正直なところ行き詰まり感があったからな、助かったと思ってるよ。ところで今後の予定はどうなってる」
「それほど感謝しているのなら私の言葉に従ってください。それから捜査内容は話せません」
「なぜだ、俺だって捜査官だ。知ってしかるべきだろう。それに、俺にもできることがあるはずだ」
「話したらじっとしていないでしょう。それから、病み上がりの神崎さんにできることはありませんから」
「怪我は治った。リハビリも順調だ、現場復帰を目指して頑張ったんだ。
おまえだって俺の努力を褒めてたじゃないか」
「それは普通の生活に戻れる程度の回復ってことです。入院で筋力も落ちてますから、ハードな現場はこなせません」
負けるものかと言い返してくる水穂には迫力があった。
腰に手を当て仁王立ちになり、細い体で籐矢の言葉をはねつける。
そんな彼女の前で、現場復帰を目指してひそかに筋力トレーニングも積んでいたんだと、籐矢は全身を動かして見せ、呆れ顔でため息をつく水穂へ最後は泣き落としさながらの説得を試みた。
「水穂、おまえの力になりたいと思うのが、そんなにいけないことか?
俺だけ何も知らされないってのも寂しい。頼む、水穂」
水穂の手をつかみ、籐矢の必死の目が訴える。
その目はすがるようでありながら、諦めるものかと強い意志がみなぎっている。
どれほど睨みあっていただろうか。