Shine Episode Ⅱ
根負けしたのは水穂だった。
「はぁ……神崎さんも頑固ですね」
「おまえに言われたくないね」
「まぁ、そうですけど……ここで話をしても大丈夫ですか?」
「盗聴を心配しているのなら、ここは俺のアパートより安心かもしれない。
ジャンが毎日のように盗聴器の探知をしてくれているからな」
俺のアパートと聞いて水穂は一瞬目を泳がせたが、籐矢はそれに気がつかなかったのか、だから大丈夫だと話の先を促している。
ひとまず胸をなでおろし、水穂は捜査内容を口にした。
ただし、そのすべてが正確なものではなかったが……
「明後日の晩餐会で動きがあるとの情報でした。私たちは事が起こる前にそれらを阻止するつもりです」
「うん」
「大使館ですから、誰もが立ち入れる場所ではありませんので」
「そうだろう。で、どうするんだ」
「晩餐会でオーケストラの演奏があります。私たちが楽団員に紛れ込みます。
警備と言うことで楽団員も了解済みです」
「なるほどね……それで、おまえの楽器はなんだ」
「えーっと、なんか、吹くやつです」
「はぁ?」
「バイオリンはバレそうなので、適当にごまかせる楽器にしてもらいました。
トランペットとかトロンボーンとか、そんなのだったら指を動かしておけばわかりませんから」
「バカか!」
「またバカって言う。あのですね」
「バカだからバカって言ったんだよ。適当にごまかせる楽器があるか。
大使館の晩餐会に招かれる客は、一般常識として音楽にも通じているんだよ。
適当に指を動かすだと? そんなことしてみろ、一発で見抜かれるぞ。
それにな、トロンボーンは指は関係ない。腕を動かすんだよ。
そんなことも知らずに潜り込むつもりだったのか!」
「じゃぁ、どうすればいいんですか!」
「ふふっ……」
勝ち誇ったように鼻で笑う籐矢を見て、水穂はとっさに身構えた。
この男が何を言い出すのかすでにわかっており、なんとしても食い止めなければと必死になっている。
「だめです。それだけは絶対にだめです! 退院前の神崎さんの作戦の参加は認められません」
「おまえ楽譜は読めるのか?」
「まぁ、学校で習った程度なら……」
「オケの譜面を見たことがあるか」
「ありません……けど、弾く振りはできます。楽器だって教えてもらえばなんとかなります」
「ならないね。大使館の楽団員ってのは演奏の腕だけでなく、完璧な立ち居振る舞いも要求される。
演奏も満足にできないのにオケ要員に成りすまそうってのは無理だね」
「そんなこといわれても……」
「ただでさえ日本人は目立つ、それも女だ。おどおどとした態度は余計に目立つだろう。
マナーに楽器奏法、二日間で習得できるもんじゃない」
「おっ、覚えます。まだ日にちはありますからどうにか……」
言ってはいけない一言を言ってしまった焦りで水穂はうろたえた。
これ以上話してしまえば、籐矢につけ込まれてしまう、それだけは避けようと頑張った。
が……
「ほぉ、日にちがあるって? 明後日じゃなかったのか、うん?」
「あっ、あさってです」
「本当はいつだ!」
ギュッと口を閉じたままの水穂へ容赦のない声が突き刺さる。
籐矢は確信を得たように口を開いた。
「なるほど、晩餐会の日は俺が退院したあとだな。そうだろう!」
「ちっ、違います……」
「違わないね。練習期間があるから演奏する振りも可能だろうよ。おまえはエア楽器でさまになるからな」
「エア楽器なんてそんな言葉、どこで覚えたんですか」
どうでもいいことを聞き返しながら、水穂は不利になった立場をなんとか取り戻そうと躍起になっていた。
だが、時は籐矢に味方した。
赤ん坊のダミーを抱えたソニアが陽気に姿を見せ、籐矢は勝利を確信した。
「トーヤ、退院が決まったそうね。でも、しばらくはおとなしくしててもらうわよ」
「ソニア」
「なあに?」
「オーケストラ要員を交代だ」
「はぁ?」
意味が理解できず籐矢の横に目を向けると、今にも泣きそうな顔の水穂がすがりつくような目でソニアを見ていた。