Shine Episode Ⅱ
退院の日の空は重い鉛色の雲が立ち込めていた。
心を映すような暗い空を眺め、水穂は嫌味の一言を言わずにはいられなかった。
「見てください、神崎さんがわがままを言うから、おめでたい日に雨が降るんです」
「雨も俺のせいかよ。おまえが嘘をつくからだろう、捜査の日をごまかしやがって」
「私だって、つきたくて嘘をついたんじゃありません。神崎さんのためです。
なのに無理やり捜査に加わるって言い出すし、本当に、もぉーっ」
「大きなお世話だね。俺から仕事を奪うな」
「だってまだ完治してないのに」
「治ってるよ」
どこまでも素直ではない籐矢の口は、水穂を困らせるようなことばかりを並べる。
人の気も知らないで勝手なことばかり言うんだから……と言い返したい言葉をぐっと飲み込み、やおら籐矢に近づいた水穂は籐矢の肩を思いっきり叩いた。
「うっ……なにするんだ。痛いじゃないか!」
「ほら、痛いでしょう。まだ治ってません」
「これくらいの痛みは気合で止める」
「バカ言わないでください」
「あっ、バカって言ったな。おまえ、いつも俺に言うなって言ってるだろう」
「バカだからバカだって言ったんです。ほんっと面倒見きれないわ」
「面倒を見てくれと頼んだ覚えはない。さっさと日本に帰れ」
「嫌です。職場放棄なんてしたら、私を送りだすために骨を折ってくださった方々に迷惑がかかります」
「ICPIはにわか仕込みで仕事ができるところじゃない。おまえが恥をかく。
それだけじゃすまない、おまえのために動いてくれたお偉方の顔をつぶすことにもなる。
今なら間に合う、頭を下げて元の職場に戻るんだ」
「私を脅しても無駄です、その手には乗りません」
片付いた病室で睨みあう。
大使館の捜査があると聞きつけた籐矢は、退院後すぐの仕事であるにもかかわらず捜査メンバーに加わることになった。
もちろん他の捜査員の承諾も得てのことだが、水穂は最後まで反対を唱えた。
今でも認めたつもりはなく、籐矢の顔を見るたびに文句を言い続けてきたのだった。
睨みあう二人の耳にノックが聞こえてきた。
眉を吊り上げた二つの顔が振り向くと、ドアに背を預けたソニアと夫のジャンがニヤニヤと笑って立っていた。
「トーヤはミズホの前ではよくしゃべるんだな」
「そうよ。二人はね、こうして愛を深めてるの」
「ソニア!」
からかわれて怒鳴ったのは籐矢の方で、水穂は照れた顔でうつむいた。
日本女性は控えめで可愛いなと、顔を緩ませたジャンの脇腹を小突いたソニアは、「迎えにきたわ。さぁ行きましょうか」 と籐矢と水穂を促した。
「ありがとう。世話になるな」
「トーヤ、あなたのそんなところ好きよ。感謝の気持ちを言葉にするのは大事だもの」
俺だっていつも言ってるじゃないかとジャンがソニアに向かって口を尖らせ、えぇ、だからあなたも好きよと、ソニアが夫をなだめると尖った口が妻の頬へ触れた。
水穂もソニアのように気持ちをストレートに伝えられたらと思うのだが、籐矢の皮肉な口調につい反論してしまう。
今日は素直になってみようか……
まだ籐矢に伝えていない二つの秘密を抱えながら、水穂みなに続きジャンの車に乗り込んだ。
これから退院を祝うパーティーがソニアの家で行われることになっていた。