Shine Episode Ⅱ
廊下の奥で弘乃が帰る音がして、籐矢は短くなった煙草を灰皿に押し当てた。
先に口火を切ったのは籐矢だった。
「何度でも言う。おまえを連れて行くわけには行かない」
「どうしてですか? 今まで一緒にやってきたのに、ここで置き去りにするなんてあんまりです」
強い語調と同じく、乱暴に窓を閉め籐矢をキッとにらみつけている。
「置き去りじゃない。危ないから残れと言ってるんだ」
「危ない? 警察官に言う言葉じゃありませんね。そんなの理由になりません」
「女には無理だ。それに、おまえは拳銃にまだ恐怖がある。そんなヤツはダメだ」
「必ず克服します。いつまでもトラウマだって言ってられません。
それから、女だからって、そんなの差別です」
「わからんヤツだな。簡単に克服するって言うが、そんなに簡単なもんじゃない。
潜在意識ってのは、一番危機感のあるときに戻るものだ。それにな、ICPOへ入るのは簡単じゃない。
英語とフランス語は日常会話以上、法律だって」
全てを言い終わらないうちに水穂の声がかぶった。
搾り出すような哀しげな声に、籐矢は言葉をつぐんだ。
「イヤ……待ってるだけなんて……神崎さんの帰りを、ただじっと待ってるだけなんて……
そんなの出来ない……私、狂いそうです……」
「水穂……」
水穂の手が籐矢の腕をつかみ強く握り締めた。
その力はだんだん強くなり、それと同時に水穂の目から涙が零れ落ちた。
「必ず帰ってくるから待ってろ。一人の方が仕事がしやすい」
「そんなの神崎さんの勝手です……」
「あぁ、身勝手かもしれない。なんと思われてもいい……おまえが一番大事なんだ、残れ」
水穂は腕を握り締めながら頭を左右に振り、まだ抵抗する。
しばらく思うようにさせていたが、強情な口からまた反論の声が聞こえてきた。
手を押さえつけ、籐矢は水穂の口を乱暴にふさいだ。
「うぅん……イヤッ! やめてっ」
抗う体をさらに押さえつけ、籐矢は容赦なく水穂の動きを封じた。
「ひどい……こんなのって、神崎さんがこんな人だったなんて」
「そうだ、俺はひどいヤツだよ。好きな女を守れないから、置いていこうとしてるんだからな」
水穂の動きがピタリと止まった。
仰ぎ見た籐矢の顔は苦渋に満ち、やるせなさが漂っている。
目は潤み、水穂の好きな皮肉っぽい口元から憎たらしさが消え、血が滲むほどに固く結ばれていた。
「ごめんなさい……私、わかってるのに、わかってるけど……」
ゆっくりと腰に手を回し、籐矢の胸に顔を沈めた。
籐矢の手が水穂の耳元を支え、いたわるように撫でていく。
「なぁ、しばらく顔を見られないんだ。ケンカしたままってのは寂しくないか」
「うん……」
素直に頷いた顔を大きな手が挟み、覆いかぶさるようにメガネの顔が近づいた。
最初から開いた口が水穂の唇を全て包み込むように触れ、そのあとゆっくりと吸い上げた。
何度も唇を覆い、感触を確かめるようにキスを繰り返す。
籐矢の言うことは、わかりすぎるくらいわかっている。
わがままを言い籐矢を困らせているのは自分なのだと、水穂は唇を合わせながら自分を納得させていった。
彼が抱える闇の部分には、誰であろうと踏み込んで欲しくない思いが存在している。
これは俺の問題だ……そう言われてしまうと水穂には何も言い返せない。
けれども、本心を見せない彼も水穂にとってはもどかしい。
顔を支えていた手が滑り落ち、水穂の綺麗な首筋を愛おしそうになぞり、さらに胸元へ落ちていく。
唇は顎をついばんだあと、つうっと首筋を降り、鎖骨の窪みを優しく確かめていたが、
先に胸を包み込んでいた手が乱暴に乳房をつかんだのをさかいに、籐矢は性急な動作で水穂の肌へと手を滑りこませた。
唇を合わせたまま、互いの手がもどかしくも荒々しく服を剥ぎ、温かな肌が直に触れ合うまでそう時間はかからなかった。
壁際に立った水穂の腕を持ち上げ、脇腹の拳銃の傷跡に唇をあて、傷を癒すように唇をおきなおす。
それは、二人の時間の始まりを告げる儀式のであり、籐矢の贖罪の表れでもあった。
ベッドに腰掛けた籐矢が、ここへ……と目で促す。
膝に乗り籐矢と向き合った水穂は、微かに残る羞恥心を振り払い、男の肩に手をのせると自ら深く口づけた。