Shine Episode Ⅱ


籐矢を心配して日本から来ていた母親と弟が帰国したのは、大使館潜入の前日だった。

数日の滞在中、二人は毎日のように籐矢のアパートにやってきた。

日本から持参した食材で作った継母の手料理が並ぶ食卓は、どれも籐矢が好むものばかり。

籐矢にとって母の味とは継母の手料理であったのだと、この数日何度も思った。

「美味しいよ」 と言葉少なに褒める息子を見る母の目は、実の子に向けるものとなんら変わりはない。

二人の様子を征矢は微笑ましくも嬉しそうに見つめ、家族の輪に加わっていた水穂もまた、母と息子の近くなった距離を感じていた。



「そうだ、ゆか姉から預かってきた物があった。忘れるところだった」


「お姉さん?」



亡くなった麻衣子の他にも姉がいるのかと水穂が首をかしげると、



「従姉妹です。紫子だから ”ゆか姉”、亡くなった姉を ”まい姉” と呼んでいたので……つい」



姉を思い出した征矢は、懐かしくも切ない顔をした。



「この子、小さいころ、ゆかりこおねえさまと言えなくて、いまだにそのままなんですよ」


「征矢は舌ったらずだったからな。俺のことも、とーやたん、って言ってたな」


「そうそう、私が籐矢さんと呼ぶのをまねて、とーやたん、懐かしいわね」


「うんうん、懐かしい」


「兄さんまで、やめてくれよ」



兄と母の昔話に征矢は恥ずかしそうにうつむいていたが、気を取り直して、紫子から預かった物を取り出して水穂の前に置いた。



「これ、香坂さんにプレゼントです」


「ゆかからだろう? 俺じゃなくて、こいつに?」



俺への見舞いじゃないのか……と籐矢が拗ねた顔をする。

そんな顔をするのも家族の前だからだろうと苦笑いしつつ、水穂は征矢が差し出した袋を受け取った。

籐矢が言うように従姉妹である紫子が、それほど親しくもない水穂にプレゼントとは確かに合点がいかない。

なんだろうと首を傾げつつ、水穂は袋を開けた。

出てきたのは華やかな包装紙にリボンがかけられた箱と、しっかり梱包された箱の二つで、水穂はリボンがかかった箱を先に開けた。

花の刺繍が施されたファブリックが入っており、水穂の目は美しい布に吸い寄せられた。

「わぁ、きれい。テーブルクロスにいいですね」 と言いながら広げたクロスからカードがこぼれ落ちた。

『籐矢さんがお世話になりました 紫子 虎太郎』

紫子だけでなく虎太郎と連名のカードーに、水穂はまた首をかしげた。



「虎太郎から伝言でもあるんじゃないか? よく見てみろよ。

アイツは警察庁のエリートコースに乗っかってるからな、有望株だぞ」


「えっ……あはっ、ただのお礼ですよ。私に伝言とかって、まさかぁ……

でも、エリートって響きは魅力的ですね」


「ほぉ、おまえ、エリート好みだったのか」


「えぇ、まぁ、あはは」



冗談めかした籐矢の言葉を水穂はすばやく理解した。

水穂が渡欧の際に持ってきた情報は、すべて虎太郎経由でもたらされていた。

征矢に託された品に、ほかにもメッセージが隠されているのではと考えるのが自然である。

けれど、籐矢の母親と弟がいる前で話すべきことではない。

素早く籐矢に目配せすると、その顔がわずかにうなずいた。

やはりそういうことかと納得した水穂は、大げさに笑顔を作り出した。

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