Shine Episode Ⅱ
「それにしても、みなさんすごいところにお勤めですね。
紫子さんのご主人は外務省、弟さんは警察庁、神崎さんのお父さんも……」
いらぬことまで口にしたと気がついたときは、水穂の頭に籐矢の拳が落ちていた。
「痛いじゃないですか!」
「俺の話はいいんだよ。そっちも開けろ」
「籐矢さん、女の方には優しくしなくてはいけませんよ」
眉を寄せた母親が息子の乱暴なしぐさをたしなめる。
「ごめんなさいね、水穂さん」 と母親からの優しい言葉を受け、「いいえ」 としおらしく返事をしながら、もっと日常の荒っぽさを訴えようかと思ったが、籐矢の真剣な目を見てそこまでにした。
もうひとつの箱に、おそらく伝言が入っているだろうと思われたからだ。
しかし、ここで開けても良いものだろうか、見られてまずいものが入っていたら……
そう考えたが、征矢に託したと言うことは、彼らの目にも触れることが前提ではないのか。
そうでなければカードに名前を記すだけでなく、もっと詳しいメッセージがあるはずだ。
籐矢が開けろというのだから大丈夫なのだろう。
「なんだろう。楽しみです」 と、はしゃいだ言葉を口にしながら水穂は慎重に箱を開けた。
収められた品は美しい包装紙で幾重にも梱包され、包みをほどくと一枚の絵があらわれた。
水穂はそこに添えられたカードを手に取り読み上げた。
「お部屋に飾ってくださいね……とメッセージが入っていました。リトグラフですね」
「わぁ、彼の作品は少ないのによく手に入ったな。エディションナンバーもあるよ」
人気のアーティストが手掛けた限定品であるとの征矢の説明に、母親は感心したようにうなずき、あらためて覗き込む。
二人がリトグラフに目を向けている隙に、水穂は後ろ手でメッセージカードを籐矢に渡した。
カードを一瞥した籐矢はスッと立ち上がり奥の部屋へと向かった。
突然、征矢が声を上げた。
「ここ、壊れてます。額が破損してますね。水穂さん、すみません。
大事に持ってきたつもりだったのに、移動中に破損したのかな。保険会社に連絡して弁償してもらいます」
「えっ? あっ、これくらい大丈夫です。なんともありません」
「もしかしたら他にも傷があるかもしれません。額からはずして中も確認したほうがいいですね」
額縁に手を掛けようとした征矢の手を、水穂は思わず抑えた。
おそらく額の中に伝言か情報が隠されているはずだ、見られては困る。
「額が少し欠けただけだろう? 中の作品は、見たところ大丈夫そうだ。
保険屋に言って取り替えてもらうのも面倒じゃないか。それより手元において毎日眺めた方がいい」
奥から戻ってきた籐矢の声助けられ、水穂は胸をなでおろしながら征矢から手を放した。
「そうです、神崎さんの言うとおりです。せっかくいただいたので、毎日見て穴が開くほど鑑賞します」
「芸術品のような額縁もあるが、これは普通のフレームだ。それでも、交換の手間は変わらない。
保険屋に知らせて長く待たされるより、こっちの画材店で代わりを探した方が早いだろう。
それに、作品は見てもらってこそ価値がある。だろう?」
籐矢の言葉にみながうなずく。
水穂は難を逃れたことにほっとし、密かに大きく息を吐いた。
やはり交換した方がいいのではないかと粘っていた征矢だったが、
「水穂さんがいいとおっしゃるのだから、それでいいのですよ」
母親のとりなしもあり、その場はどうにか収まった。
翌日帰国する二人へ、明日は仕事で見送りにいけないと籐矢が告げると、名残惜しそうな顔を見せた母と征矢だったが、ホテルまで送るよと言う籐矢の声に重い腰を上げて帰って行った。