Shine Episode Ⅱ
水穂はアパートの前で彼らと別れて、ひとまず自分の部屋に戻りもらったリトグラフを壁に掛けた。
数歩下がって作品を見る。
女性と花束が描かれており、柔らかいタッチは目に優しくまさに癒しの一枚だった。
ひととき眺めてから壁からはずして部屋を出た。
額とともに籐矢の部屋で待っていると、ほどなく廊下から聞き覚えのある足音が聞こえてきた。
「おかえりなさい。おかあさん寂しそうでしたね」
「うん……征矢はまだ気にしていた。額だけでも換えろとうるさくて」
「責任を感じているんじゃありませんか」
「だろうな。それで、額をはずしてみたか」
まだですという水穂の声を聞き、籐矢は額に手を伸ばした。
裏蓋をはずして作品を取り出す。
ふたりが予想した取り、リトグラフと蓋の間には二つ折りの三枚の紙がはさまれていた。
見開いた紙面を見た水穂の眉が怪訝そうに寄った。
「楽譜ですか……ほかには?」
「これだけだ」
「そうだ。さっきのメッセージカードのKの部屋ってなんですか」
水穂が読み上げた文字のほかに、『Kの部屋にて』 と書かれていた。
なにか意味のあるものだろうと思い、水穂はそこを省いて読み上げたのだった。
「それはあとで説明する。ちょっと待て……」
楽譜をめくっていた籐矢の目が一点で止まった。
三枚をあわただしくめくる。
説明もなく待たされている水穂はイライラが募ってきた。
「ひとりで納得しないで、私にも教えてくださいよ」
「教えてもいいが、楽譜の決まりごとはわかるか」
「演奏はできませんけど、音階とか音符の種類はわかります」
「じゃぁ、この小節はどうだ、気づいたことを言ってみろ」
楽譜におかしな点は見つからない。
「別に……ありません」
「次はここ」
「普通ですね」
「ここはどうだ」
「特に変わったところはないです」
「……そうか、わからないか」
「わかりません! なぞなぞでもやってるんですか?」
水穂のイライラは絶頂に達していた。
「一小節の意味はわかるか? 音符の数の決まりだ」
「それくらいわかりますよ。4分の4拍子なら、一小節に4分音符が4個です」
「うん、そうだ。じゃぁ、8分音符なら何個だ」
「8個です」
「16分音符なら?」
「16個に決まってるじゃないですか」
「さんじゅうにぶ……」
「32個です! だからなんです。いい加減にしてください」
籐矢が問う前に答えを示した水穂は、とうとう怒り出した。
「この小節を見てみろ、32分音符が33個ある」
「えっ……」
そういわれて水穂は真剣な顔で音符を数えだした。
小さなおたまじゃくしは楽譜を見慣れない水穂には判別が難しい、何度も数えなおす。
「本当だ、一個多い。計算が合いませんね」
「こっちも音符の数があわない……ここもそうだ」
言われた箇所を律儀に数え、そのたびに首をかしげる。
「この楽譜、変です」
「変だ。だが一見気がつかない。拍子があわない箇所は、すべて譜面の右側下方に集中している」
「どうしてでしょう」
「すぐに気づかれないためだ」
「でも、神崎さんみたいに音楽の知識がある人にはわかるんじゃないですか?」
「すべて目を通せば気づくだろうが、旋律をたどろうとするとまず左上に目がいくものだ。
楽譜の途中から曲を再現しようとはしない。見開きの本を読む場合、縦書きなら右上に目がいく、横書きなら左上だ。
パソコン画面は左上か中央上を見る。だからサイトの広告は左上、または上部が多い」
「わぁ……神崎さん物知りですね。なんか感動しました」
「感動ついでに教えよう。ふたつの包みがある場合、梱包が簡単な方から開けようとする。
面倒な方は後回しだ」
「あっ、わかった。だから私に二つのプレゼントが用意されたんですね。
刺繍の布が入った箱を開けさせて、メッセージを読ませてから、もうひとつを開けるようにってことですね!」
「よくできました」
「うっ、その言い方、なんか褒められた気がしないんですけど……」
にやっと笑う籐矢を見て水穂は顔をしかめた。
「ここからが本題だ」
その声を聞いて不満そうに膨れていた水穂の顔はとたんに好奇心に満ちた。
籐矢は足を組みなおし、食い入るように見つめる水穂へ話を始めた。
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音符の種類