Shine Episode Ⅱ
7. リヨンの空の下
そうしようと二人で決めたわけではないが、いつのまにか朝食は水穂の部屋でとるようになった。
籐矢が自室からやってくる日もあれば、水穂の寝室から起きてくる日もある。
いずれにしても、朝は同じテーブルに向かい合わせに座り互いの顔を見ながらの食事となる。
休日は朝だけでなく、昼食も夕食も一緒である。
そして休日の朝、9時過ぎに起きた籐矢は、ここにいて当然といった顔で寝室から姿を見せて、キッチンの水穂へ 「おはよう」 と声をかけた。
言葉遣いや振る舞いは丁寧とは言いがたい籐矢だが、挨拶は欠かさない。
育ちの良さというのは、こんなところにあらわれるのだろうかと妙に感心しつつ 「おはようございます」 と水穂も返した。
まだ眠そうな顔に嫌味も込めてやけに丁寧な口調で 「遅く帰宅されたようですが、気がつきませんでした」 と続けると、
「帰ってきたのは10時前だった。寝たのは1時か2時頃かな、よく覚えてない」
潤一郎と話をしていたら寝るのが遅くなったと言う。
フランスと日本の時差は8時間、こちらが真夜中なら日本は朝ちょうど出勤前である。
日本の時刻をすばやく導き出した水穂は、籐矢と潤一郎の話の内容は仕事に関わるものだろうと察した。
「それじゃ眠いのも仕方ありませんね。でも、どうして自分の部屋で寝ないんですか。
わざわざここにこなくても……」
「どうせ朝メシを一緒に食うんだ。こっちにいたほうがいいだろう」
「そうじゃなくて……」
今朝、目覚めた水穂が最初に目にしたのは傍らで眠る籐矢の顔だった。
またか……と呆れ眉を寄せた。
人肌のぬくもりの心地よさを感じながらも、籐矢の自分勝手に腹がたった。
手を伸ばして頬をつまんでギューッと引っ張ってみたが、寝入った体はピクリともしない。
微かに目鼻がうるさそうな表情を見せたがそれもほんの一瞬だけ、水穂が決して嫌いではない端正な顔の寝顔に戻った。
めったにメガネをはずすことのない籐矢の素顔を見るのは、水穂にだけ与えられた特権だ。
水穂が脇腹の弾傷をさらすのは、籐矢だけであるのと同じように……
だけど、と思う。
互いに合鍵を持っている仲ではあるが、部屋に来るなら来ると知らせてほしいと、常々籐矢に言っているのに 一向に態度を改める気配はない。
当たり前のように水穂の部屋にやってきて、深夜であればそのままベッドに潜り込む。
いくら親しくてもけじめをつけるべきだ……との水穂の言い分にも聞く耳をもたないのか、籐矢の返事は的はずれなものだった。
「うん? 俺がここに越してきてもいいのか?」
「どうしてそうなるんですか。ダメです、それだけはダメ。誰か来たら困ります」
「誰が来るってんだ?」
「それは……たとえば、ソニアさんとか……そうだ、近衛さんとかです」
「ソニアに隠す必要はないだろう。潤一郎は誰にも言わないよ、あいつは口が堅い」
「口が堅い堅くないは関係ないです。第三者に知られたくないだけです」
「そうかぁ?」
ジロリと睨んだ水穂の目を見て、これ以上言ってはいけないと悟ったのか、籐矢は反論をやめた。
が……
「いっそ、壁をぶち抜くか」
「冗談はやめてください!!」
水穂は運んできた熱々のスープが入った皿を、「ダンッ」 と音をさせてテーブルに置いた。
弾みで顔に飛び散ったスープを指先でぬぐいながら、籐矢が 「あぁ、もったいない」 と指先をなめる。
行儀の悪いしぐさでさえ籐矢が行うとキザになる。
「うん、うまい! これ、また作ってくれ。食べさせてやりたい」
「誰に食べさせるんですか」
「潤一郎だよ。明後日、こっちにくるそうだ。夜はこの部屋で一緒にメシを食おうと言っておいた」
「そんなの早く言ってくださいよ。ちょっと待って、えっ? ここに呼ぶんですか」
「うん、ほかでは出来ない話もあるからな。メシを食べるなら水穂の部屋のほうが都合がいいだろう?」
ともに食事をするようになってからというもの食材のほとんどは水穂の部屋に置かれ、籐矢の冷蔵庫はドリンク類専用になっている。
食事を作ることを考えれば水穂の部屋でとなるのはもっともで、それに、潤一郎と籐矢が部屋にこもるのではなく水穂もまじえて話をしようということでもある。
のけ者にされるのではないとわかったため、食事を作るのは致し方ないと水穂は思った。
籐矢が自室からやってくる日もあれば、水穂の寝室から起きてくる日もある。
いずれにしても、朝は同じテーブルに向かい合わせに座り互いの顔を見ながらの食事となる。
休日は朝だけでなく、昼食も夕食も一緒である。
そして休日の朝、9時過ぎに起きた籐矢は、ここにいて当然といった顔で寝室から姿を見せて、キッチンの水穂へ 「おはよう」 と声をかけた。
言葉遣いや振る舞いは丁寧とは言いがたい籐矢だが、挨拶は欠かさない。
育ちの良さというのは、こんなところにあらわれるのだろうかと妙に感心しつつ 「おはようございます」 と水穂も返した。
まだ眠そうな顔に嫌味も込めてやけに丁寧な口調で 「遅く帰宅されたようですが、気がつきませんでした」 と続けると、
「帰ってきたのは10時前だった。寝たのは1時か2時頃かな、よく覚えてない」
潤一郎と話をしていたら寝るのが遅くなったと言う。
フランスと日本の時差は8時間、こちらが真夜中なら日本は朝ちょうど出勤前である。
日本の時刻をすばやく導き出した水穂は、籐矢と潤一郎の話の内容は仕事に関わるものだろうと察した。
「それじゃ眠いのも仕方ありませんね。でも、どうして自分の部屋で寝ないんですか。
わざわざここにこなくても……」
「どうせ朝メシを一緒に食うんだ。こっちにいたほうがいいだろう」
「そうじゃなくて……」
今朝、目覚めた水穂が最初に目にしたのは傍らで眠る籐矢の顔だった。
またか……と呆れ眉を寄せた。
人肌のぬくもりの心地よさを感じながらも、籐矢の自分勝手に腹がたった。
手を伸ばして頬をつまんでギューッと引っ張ってみたが、寝入った体はピクリともしない。
微かに目鼻がうるさそうな表情を見せたがそれもほんの一瞬だけ、水穂が決して嫌いではない端正な顔の寝顔に戻った。
めったにメガネをはずすことのない籐矢の素顔を見るのは、水穂にだけ与えられた特権だ。
水穂が脇腹の弾傷をさらすのは、籐矢だけであるのと同じように……
だけど、と思う。
互いに合鍵を持っている仲ではあるが、部屋に来るなら来ると知らせてほしいと、常々籐矢に言っているのに 一向に態度を改める気配はない。
当たり前のように水穂の部屋にやってきて、深夜であればそのままベッドに潜り込む。
いくら親しくてもけじめをつけるべきだ……との水穂の言い分にも聞く耳をもたないのか、籐矢の返事は的はずれなものだった。
「うん? 俺がここに越してきてもいいのか?」
「どうしてそうなるんですか。ダメです、それだけはダメ。誰か来たら困ります」
「誰が来るってんだ?」
「それは……たとえば、ソニアさんとか……そうだ、近衛さんとかです」
「ソニアに隠す必要はないだろう。潤一郎は誰にも言わないよ、あいつは口が堅い」
「口が堅い堅くないは関係ないです。第三者に知られたくないだけです」
「そうかぁ?」
ジロリと睨んだ水穂の目を見て、これ以上言ってはいけないと悟ったのか、籐矢は反論をやめた。
が……
「いっそ、壁をぶち抜くか」
「冗談はやめてください!!」
水穂は運んできた熱々のスープが入った皿を、「ダンッ」 と音をさせてテーブルに置いた。
弾みで顔に飛び散ったスープを指先でぬぐいながら、籐矢が 「あぁ、もったいない」 と指先をなめる。
行儀の悪いしぐさでさえ籐矢が行うとキザになる。
「うん、うまい! これ、また作ってくれ。食べさせてやりたい」
「誰に食べさせるんですか」
「潤一郎だよ。明後日、こっちにくるそうだ。夜はこの部屋で一緒にメシを食おうと言っておいた」
「そんなの早く言ってくださいよ。ちょっと待って、えっ? ここに呼ぶんですか」
「うん、ほかでは出来ない話もあるからな。メシを食べるなら水穂の部屋のほうが都合がいいだろう?」
ともに食事をするようになってからというもの食材のほとんどは水穂の部屋に置かれ、籐矢の冷蔵庫はドリンク類専用になっている。
食事を作ることを考えれば水穂の部屋でとなるのはもっともで、それに、潤一郎と籐矢が部屋にこもるのではなく水穂もまじえて話をしようということでもある。
のけ者にされるのではないとわかったため、食事を作るのは致し方ないと水穂は思った。