Shine Episode Ⅱ
「彼女、結婚したんですね。神崎さん、残念でしたね」
「残念とはどういう意味だ」
「別に……」
「言いたいことがあるなら言えよ」
弱気になっていた声が急に強くなり水穂を追い詰める。
この男はいつもそうだ、強気な物言いで押さえ込んでくる。
けれど、愛情を示す言葉を口にしたこともなく、「言わなくてもわかっているだろう」 といった態度だ。
「じゃぁ聞きます。あのとき、静夏さんに私あての品物を届けさせたのはどうしてですか。
彼女が神崎さんをすごく好きだってこと、私にもわかりました。神崎さんも、静夏さんを大切に思っていたんじゃありませんか?」
ややあって、そうだな……と籐矢の声がした。
水穂の胸に腹立たしさが一気に押し寄せてきた。
「それなら、どうして彼女を悲しませるようなことしたんですか。あんなのひどいです、ひどすぎます。
私は神崎さんから贈り物が届いて嬉しかったけれど、静夏さんは私の喜ぶ顔を見せられて辛かったはずです。
彼女の気持ちを傷つけない方法もあったのに、どうして」
「俺にはおまえがいるってことを知ってほしかったんだよ。
俺を諦めさせるには、それしかないと思った。彼女の期待にはこたえられない。それをわからせるためだ」
「えっ……」
「残酷なやり方だとわかってて、静夏ちゃんをおまえのところに行かせた。
俺には水穂だけだ。定員はひとりだ……彼女の気持ちを受け入れるつもりはなかった」
籐矢の口からとんでもないことを聞いたと思った。
どんな告白もかなわない、ストレートな思いを告げられたのだ。
緩やかに抱いていた手に力が込められた。
どう答えたらいいのだろう……
腕から伝わる強烈な思いを感じながら、水穂は籐矢へ返す言葉を探した。
「結婚のお祝い、何がいいでしょうね。喜んでもらえる品物が見つかるといいけど」
「うん……」
「でも、もう結婚しているんですね。神崎さんがお祝いなんて贈ったら、静夏さんのダンナさまが嫉妬するかもしれませんよ。
私もあのときのお礼もしたいので、お祝いは連名でもいいですか?」
「そっ、それもそうだな。うん、そうしよう、連名がいい。
おぼえてるか? 静夏ちゃんと一緒にいた男、彼がダンナだ」
「一緒にいた? あのときですか?」
「あぁ、警視庁に知り合いがいる彼と一緒に行ったそうだが、覚えてるか?」
「覚えてます。でも、静夏さんよりずいぶん年上にみえましたけど」
「16歳上だそうだ」
「えーっ! 16歳違いですか。わかります、すごく落ち着いてて、とても素敵な方でしたよ。
なんというか洗練された紳士って感じで、とにかく素敵で、確か須藤ですと名前を聞いた気がしますけど……
あっ、大手繊維メーカーの 『SUDO』 の方ですね。もしかして未来の社長とか? わぁ、すごい!」
水穂は驚きのあまり腕を押しのけて、興奮したまま思ったままを口にしながら籐矢を見上げると、不機嫌な顔が水穂を見下ろしていた。
言い過ぎた……と気づき手で口をふさいだが不機嫌な顔がいっそう不機嫌になっていた。
水穂の体から離れてテーブルについた籐矢は、黙々と冷めたスープを飲みはじめた。
はぁ……と深いため息を漏らしながら、水穂はパンを並べて向かい合わせに座った。
籐矢を刺激してはいけないと思いながら、水穂はからかってみたくなった。
「須藤さんに静夏さんをとられて、がっかりしたんじゃないですか?」
「バカ、そんなんじゃない。彼女は麻衣子の友人だ、妹みたいな子だ」
「そうだったんですか……麻衣子さんのお友達ですか……
赤ちゃんが生まれたって言ってましたね。じゃぁ、神崎さんはおじさんですね」
「はぁ? なんでそうなる」
「だってそうでしょう。妹さんと同じだって、そう言ったじゃないですか」
「妹じゃない!」
むきになって言い返す顔は、水穂が慕ういつもの籐矢に戻っていた。
不意にベッドで見る朝の顔も、悪乗りする口も、ときに強引になり水穂を困らせる手も、すべてが愛すべきものだ。
籐矢が言ってくれたように、籐矢に自分の思いを伝えるべきだろうか……
そう思ったが、あれこれと振り回されたあとだけに水穂も素直にはなれない。
食事をする籐矢に背を向けて、独り言のようにつぶやいた。
「まぁ、そうやってすねてる神崎さんも、私は嫌いじゃありませんけど」
「はっ? いま、なんて言ったんだ? もう一度言ってみろ」
「なんでもありません。ほら、出かけるんですから早く食べてください」
「おい、聞いてるのか」
口にパンを突っ込んだまま水穂に言葉を投げかける。
じたばたする籐矢を見るのも楽しいものだと、水穂は愉快になった。