Shine Episode Ⅱ
そうだとも違うとも言わず籐矢は曖昧な笑みを浮かべるにとどめたのだが、井坂の頼みを聞くために現在の身分を明かすことになった。
「彼のバイオリンを探しています。事故の衝撃で手元から離れたようですが、周囲を探してもみつかりません。
警察にも聞きましたが、そんな物はなかったと言われました。
彼の大事な楽器です。探してやりたいのですが、あてもなく困っています」
「小さな物ではないのに見つからないとは、誰かが持ち去った可能性も考えられますね」
「では、盗難届けを出すべきでしょうか。なにぶんこちらに来て間もないので、警察の手続きなどわかりません。
神崎さん、教えていただけないでしょうか」
籐矢は井坂の頼みを快く引き受け、地元警察に話を通しておきましょうと約束した。
渡された名刺に目を通した籐矢は井坂の肩書きに大学名がないことに気がついた。
疑問に思って尋ねると……
「父の仕事を手伝うことになり、大学は昨年退職しました。
ですが、音楽家を志す学生の力になりたいと思いまして、留学をサポートする財団にも籍を置いています。
どちらかといえば家業よりこちらのほうが熱心で、父の機嫌を伺いながら続けています」
大学講師の頃から携わっていた仕事で、世界各国に留学生を送り出すため世界中を飛び回っているという。
苦笑いではあるが柔らかく笑った井坂の顔は、穏やかな人柄であると語っている。
井坂が言う家業とは父親が社長を勤める会社のことで、名刺には取締役の肩書きが記されていた。
本来なら弟が跡を継ぐことになっていたが、力を貸して欲しいと父に乞われ会社に入ったと言う。
「私は音楽で身を立てるつもりでいましたが、そうもいかなくなりまして、しばらく手伝うことになりました」
「そうですか」
井坂の話を聞いた籐矢の顔にも苦笑いが浮かんでいた。
自分の環境と実に良く似た話があるものだと思ったのだ。
ふと見せた籐矢の笑みに井坂も気がついたのか、どうしましたかと聞いてきた。
いつもなら 「なんでもありません」 と答えていただろうが、そのときの籐矢は井坂の気持ちに寄り添っていた。
実は私も家業を継がず、好きな仕事をしていますと返事をしたのだった。
籐矢の話を聞いて名から連想したのだろう。
『神崎光学』 ですかと井坂に聞かれて、籐矢は素直に認めた。
「いずれは音楽の道に戻るつもりですが、少しでも繋がっていたくて留学生のサポートをしています。
けれど、良いことばかりではありません。このように辛い現場にも立ち会わなくてはならない。
罪のない人間が事故に巻き込まれる……許せませんね」
井坂の声には怒りが滲んでいた。
籐矢の勘が次の言葉を言わせた。
「どなたか事故にあった経験が?」
「妹です……不慮の事故でしたが、防げた事故でもありました」
一瞬にして籐矢の脳裏に麻衣子の姿が浮かんだ。
こぶしを握り締め感情の揺れを立て直した。
「すみません。立ち入ったことを聞きました」
「いえ……」
「バイオリンの件は、おって連絡します」
よろしくお願いしますと頭を下げた井坂より、籐矢は深く頭をたれた。
謝罪の意味も込めて……
足取りも重く立ち去る井坂の背中を見つめた。
『防げた事故でもありました』
井坂の言葉が籐矢の胸に突き刺さる。
俺が麻衣子を呼び出さなければ……
失った命の重さが体にのしかかり、籐矢が数年来抱えてきた胸の錘がまた重さを増した。
「彼のバイオリンを探しています。事故の衝撃で手元から離れたようですが、周囲を探してもみつかりません。
警察にも聞きましたが、そんな物はなかったと言われました。
彼の大事な楽器です。探してやりたいのですが、あてもなく困っています」
「小さな物ではないのに見つからないとは、誰かが持ち去った可能性も考えられますね」
「では、盗難届けを出すべきでしょうか。なにぶんこちらに来て間もないので、警察の手続きなどわかりません。
神崎さん、教えていただけないでしょうか」
籐矢は井坂の頼みを快く引き受け、地元警察に話を通しておきましょうと約束した。
渡された名刺に目を通した籐矢は井坂の肩書きに大学名がないことに気がついた。
疑問に思って尋ねると……
「父の仕事を手伝うことになり、大学は昨年退職しました。
ですが、音楽家を志す学生の力になりたいと思いまして、留学をサポートする財団にも籍を置いています。
どちらかといえば家業よりこちらのほうが熱心で、父の機嫌を伺いながら続けています」
大学講師の頃から携わっていた仕事で、世界各国に留学生を送り出すため世界中を飛び回っているという。
苦笑いではあるが柔らかく笑った井坂の顔は、穏やかな人柄であると語っている。
井坂が言う家業とは父親が社長を勤める会社のことで、名刺には取締役の肩書きが記されていた。
本来なら弟が跡を継ぐことになっていたが、力を貸して欲しいと父に乞われ会社に入ったと言う。
「私は音楽で身を立てるつもりでいましたが、そうもいかなくなりまして、しばらく手伝うことになりました」
「そうですか」
井坂の話を聞いた籐矢の顔にも苦笑いが浮かんでいた。
自分の環境と実に良く似た話があるものだと思ったのだ。
ふと見せた籐矢の笑みに井坂も気がついたのか、どうしましたかと聞いてきた。
いつもなら 「なんでもありません」 と答えていただろうが、そのときの籐矢は井坂の気持ちに寄り添っていた。
実は私も家業を継がず、好きな仕事をしていますと返事をしたのだった。
籐矢の話を聞いて名から連想したのだろう。
『神崎光学』 ですかと井坂に聞かれて、籐矢は素直に認めた。
「いずれは音楽の道に戻るつもりですが、少しでも繋がっていたくて留学生のサポートをしています。
けれど、良いことばかりではありません。このように辛い現場にも立ち会わなくてはならない。
罪のない人間が事故に巻き込まれる……許せませんね」
井坂の声には怒りが滲んでいた。
籐矢の勘が次の言葉を言わせた。
「どなたか事故にあった経験が?」
「妹です……不慮の事故でしたが、防げた事故でもありました」
一瞬にして籐矢の脳裏に麻衣子の姿が浮かんだ。
こぶしを握り締め感情の揺れを立て直した。
「すみません。立ち入ったことを聞きました」
「いえ……」
「バイオリンの件は、おって連絡します」
よろしくお願いしますと頭を下げた井坂より、籐矢は深く頭をたれた。
謝罪の意味も込めて……
足取りも重く立ち去る井坂の背中を見つめた。
『防げた事故でもありました』
井坂の言葉が籐矢の胸に突き刺さる。
俺が麻衣子を呼び出さなければ……
失った命の重さが体にのしかかり、籐矢が数年来抱えてきた胸の錘がまた重さを増した。